宛名のない手紙をお届けします

目が覚めると、隣にいたはずの名前の姿がなかった。なぜか不安になった安室は、飛び起きてリビングへ向かう。しかし、そこにも名前の姿はなかった。彼女の部屋の扉を叩いて呼んでも返事はない。
ーー名前。どうやら君は僕を心配させる天才のようだ。
安室はスウェット姿のまま車のキーを持って、彼女を探しに家を出ようとした。しかしその時、ガチャッという、玄関の扉が開く重々しい音がなって、彼女の気配を感じる。

「…あら。起きたのね。おはよう」
「……はぁ…」

こんなやりとりは何度目だろうか。いつも僕が探しに行こうとすればあっさり戻ってくる君。拍子抜けして息を吐くと、人の顔見て溜息吐かないでよ、と言ってムスッとした表情を見せる。さっきまでの弱々しい面影はどこにもなく、いつもと変わらない彼女に安心した。そして名前は、左手に近くのスーパーのレジ袋を持って、そのままキッチンへ向かってしまった。珍しい事もあるものだ。

「スーパーに行ってたのかい?」
「えぇ。たまには私がご飯を作ってあげようと思ったのよ」
「……熱でもあるのか」
「…失礼ね。さっき起こしちゃったから、そのお詫びよ」

顔洗って来れば?、そう言った彼女の言葉に従って洗面所に向かい、そのついでに服を着替えてリビングに戻る。真っ先に目に入った彼女は、エプロンをつけ、普段はおろしている栗色の髪の毛を1つに束ねていた。
ーーそういえば彼女の手料理を食べるのは初めてだ。
安室は彼女が鼻歌交じりに調理をする様子を眺めながら、今朝の彼女らしくない行動との関係性を考えていた。

「行きたいところ?」

意外にも彼女の作った朝食は和食だった。焼き魚に卵焼き、それから味噌汁と白米。どれも味付けは僕好みで、こんな腕があるのになぜいつも僕に作らせるんだ、と、文句を言いそうになるくらいだ。そんな彼女の作った朝食を食べていると、彼女は行きたいところがあるんだけど。と、口を動かした。

「えぇ。安室さんについてきて欲しいんだけど…いいいかしら?」
「それは構わないけど…仕事の用事かい?」
「いいえ。プライベートよ」

"プライベート"
それに、今朝の"なんで今更"という彼女の言葉を組み合わせて推理する。
ーー…家族の事か。
気のせいかもしれないが、今日の彼女は普段より寂しそうな顔をしているように見えた。特に1日用事も入っていなかったため、彼女の誘いにyesと答える。プライベートの一面を見せてくれるほど心を開いてくれたのは嬉しいけど、僕にはまだ彼女について知らない事が多すぎる。純粋に彼女の事を知りたかったから、この誘いは僕にとっては嬉しいものだった。朝食の片付けは僕がやる、と言って彼女からお皿を受け取ると、その間に名前は準備があるから、と言って部屋にこもってしまった。やはり今日は何か特別な日なのだろうか。でも、彼女の両親の命日は7月だったはず。今は2月だ。
ーーだとしたら一体…。
いくら考えても答えが見つからない安室は、眉間にしわを寄せたまま皿を洗い始めた。


* * * *


「…お父さん…お母さん……」

財布の中から出した写真を眺めて呟く。突然1人になってしまったあの日から、たった1枚残ったこの写真は私の宝物だ。組織に所属していた両親は写真を撮ることを嫌がっていた。1人娘の私の写真は大量に撮っていたのに、一緒に写っているのは、この一枚だけだ。

"行きたいところがある"

それは、10年間私が行きたくても足を踏み出せなかった場所。あの事件があってから、私は西多摩市という言葉を聞くだけでも鳥肌が立つほどにあの街に近付けないでいた。両親の倒れていたあの現場を、あの時の気持ちを、思い出したくなかったのだ。
しかし、逃げていたって事件の真相がこっちに近づいてくるわけではない。だから、一歩踏み出そうと思って彼を誘った。それは、安室さん、否、零さんに出会ってから、人と一緒に過ごすということの温かさを思い出したからなのかもしれない。
最初こそあんなに毛嫌いしてたけど、今ではいい同居人。そして、今朝のように寂しくなったとき、何も言わずに受け入れてくれて、私の心に干渉してくるわけでもない彼のことを信じてみてもいいかもしれないと思ったのだ。信頼できる人はもちろん他にもいる。コナン君だって、赤井さんだって、組織の人たちだってそうだ。でも、彼は…。私は、降谷だけには何か違うものを感じていることを、自覚していた。この感情がなんなのか、まだ答えは出せないし、答えを出す勇気はないけど。

「…絶対、犯人見つけるから」

ーーだから。私のこと見守っててね、お父さん。お母さん。
名前は写真を財布に戻し、久しぶりの私服に着替えて部屋を出た。きっとこの事件を解くには多少のリスクはつきものだ。怖くないと言えば嘘になる。
ーーそれでも。それでも、彼が一緒なら…。
そろそろ出発しようか、と言って優しく微笑む彼の元へ歩み寄り、わたしはこの事件に一歩近づくことを決意した。



19.宛名のない手紙をお届けします
title by ジャベリン
2016.02.06

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