悲しい悲しいその我儘が

その日、名前は非番であるにもかかわらず早朝に目が覚めてしまった。普段、非番の日なら9時過ぎまで絶対に起きてこない名前が4時に目を覚ましてしまったのは、さっきまで見ていた夢のせいである。変な汗をかいた彼女の身体は、この冬の寒さによってさらに冷えていく。30分ほど布団に潜っていたが、中々眠ることができない。1人でいるのが無性に寂しくなった名前は、安室の部屋へ向かった。

「…ねえ、零さん…」
「…ん……名前…?」
「起こしてごめんなさい…」
「どうしたんだい?今日は非番のはずじゃ…」
「…… 寒くて寝つけないのよ…不本意だけど、布団、入れてくれない?」
「…本当に可愛くないな。ひとこと余計だよ」

そう言いながらも、安室は眠たげな目を擦りながら彼女を布団の中に招き入れる。可愛くない、なんて言ったけど、そうやって彼女が自分を頼ってくれるのは嬉しかった。あの合コンの夜から名前は本当にたまにだけど、安室のことを零さんと呼ぶようになった。そして今日も珍しく自分の本当の名前を囁いた彼女の横に寝そべると、安室は彼女の身体に触れて驚いた。寒いとは言っていたが、服の上からでもわかるくらいにヒヤッとしているのだ。そんなに薄着には見えないのにどうしてだろうか。安室は彼女にぴったりと身体をくっつけて、なんとか熱を分けてあげようと彼女の身体を擦る。よほど寒かったのか、普段なら絶対に自分から近付いてくることのない名前は、ぎゅっと安室にしがみついた。最初こそガチガチと震えていた彼女だが、今ではそれも収まったようだ。しかし、なぜあんなに身体が冷たかったのか、安室はまだその理由を知ることができなかった。


* * * *

ーーー

「睡眠薬?」
「あぁ。おめーの両親の体内から出てきたらしいぜ。わずかだけど、睡眠薬を飲まされた痕跡が」
「なんでそんなものが…」
「そもそも、どうしてそれを警察が隠す必要があるんだよ」

コナン君に頼んでおいた資料を彼が持ってきた時にした会話を思い出して名前は体を震わせた。半年くらい前に彼に頼んだのは、両親の司法解剖の結果を探して欲しい、ということだった。自分で探すにはリスクが高すぎたからだ。遺族なのに10年間見せてもらえなかった、と、コナン君に話した時、彼はなんとか協力する、と言ってくれたのでそれに甘えたのだ。まあ今回はほとんど赤井さんがやってくれたみたいだけど。しかし、なぜ睡眠薬なんて出てきたのだろうか。そんなこと10年経った今初めて知った。そんな薬を自分たちで飲んだにしても、飲まされたとしてもおかしな話だ。それに、どうしてうちに強盗が入ったのか。お金になるようなものは何もなかったのに。
ーーこの10年、強盗殺人事件だと思っていた事件は、果たして本当にそうだったのだろうか。
両親が殺された事件の第一発見者だった名前は、当時、精神状態が悪く、記憶も曖昧で事情徴収もままならなかった。
現場に残されていたのは赤い鮮血を垂れ流した父と母。覆い被さるように重なって冷たくなっていた彼らの周りには故意に証拠を持ち出された痕があり、捜査一課を中心に大規模な捜査が始まった。近所への聞き込みはもちろん、ポスターやニュースまでもが世に出回った。毎朝放送されるニュースの中でもこの事件はほぼ毎回取り上げられていたが、現場付近や事件当時の状況を報じ、「どんな些細なことでもお知らせください」というテロップと共に警視庁の電話番号が流れるだけだった。
そう。この事件では全くと言っていいほど情報が出てこなかったのだ。しかし名前は、ニュースを見て最初に現場を見たときに無かったものがあったり、あったものが無かったりした気がしていた。もしこれが確かなら、名前が警察に通報して、彼らが到着するまでの間に誰かが現場に手を加えた、という事になる。だからアメリカに行き、いろいろな情報を集めたのだ。アメリカに行ったところで有力な情報が出てきたわけでもなかったけど。

ここ最近、毎日のように夢に出てくる大好きだった両親の変わり果てた姿。あの時、あと少し早く帰宅していれば2人を助けられただろうか。それとも、自分も一緒に向こうへ逝けただろうか。夢に出てくる2人への後悔と懺悔は名前の心を掻き乱す。
ーーそんなこと考えても仕方ないのは分かっているのに。
以前、コナン君に犯人を見つけてどうするんだ、と聞かれたことがある。その時、私は彼に返答ができなかった。自分でも分からなかったのだ。最初はただ真実が知りたいだけだった。でも、時間が経てば経つほど両親への思いが募り、それはやがて憎しみへと変化していった。もしかしたらそれは、犯人を殺したいほどに、なのかもしれない。睡眠薬で眠らせてから、何て話になればそれは間違いなく殺人目的であの家に入ったのだろう。そう考えれば考えるほど心の中は黒い感情でいっぱいになる。
しかし、私は仮にも刑事だ。私が例の事件の被害者遺族だということを知っている目暮警部や美和子、高木君、それに千葉君。彼等は警察官である自分たちを誇りに思っている。そんな彼等の、警察の顔に泥を塗るような真似を、私にはできない。
でも、憎くてたまらないのだ。両親を殺した犯人も、事件の情報を掴んでいるのに教えてくれなかった警察も、10年間そんな情報も手に入れられなかった自分も。
名前は消化しきれない思いを胸に、安室の身体にぎゅっとしがみついて無意識に口を開いた。

「…ずっと頑張ってきたのに……」
「…」
「……なんで今更…」

安室は自分の胸元が濡れていくのを感じ、何も言わずに彼女をそっと抱きしめて目を閉じた。



18.悲しい悲しいその我儘が
title by 金星
2016.02.02

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