それがひたむきな愛の証であるかのように

ホテルの最上階。70階のスイートルームの前に着いた安室はピッキングを始める。数分後、カチリ、という音が鳴って安室は勢い良く扉を開けて叫んだ。

「名前!!!」

部屋の中へ入った安室は彼女を探す。
ーーどこだ。どこにいるんだ、名前。
巻き込んだのは自分だが、彼女がまさかこんな行動に出るとは思っていなかった。
ーー相手は男だ。いくら刑事と言っても、隙をつかれて彼女が奴の餌食になっていたら…。
最悪の状況が嫌でも頭に浮かんで、必死に広い部屋の中、彼女を探す。すると急にガタッという音が聞こえ、振り返ると、そこには首を傾げながらこちらを見つめる彼女が立っていた。

「…なによ。そんなに声を荒げて」
「名前…」

はぁ…。と、長い息を吐きながら安室は床にしゃがんで額に手を当てる。緊張感が解け、全身の力が抜けた安室は数分後、ようやく立ち上がって名前に近付いた。

「危ないことはするなって言っただろ?」
「セキュリティセンターには警備員がいて入れないだろうなって思ったのよ。だから強行手段をとらせてもらったの」
「だからってお前がこんなに体を張る必要はない。昨日も言っただろ?心配させるな、って。僕が…俺がどれだけ心配したと思ってるんだ」
「…うっ」

本気で怒る安室に、名前は言葉に詰まった。
ーー安室さんがこんなに怒るなんて。意外と感情的なのね。
名前はそんな安室に罪悪感を覚え、口を開いた。

「…約束を破ってしまって、心配かけてごめんなさい。でも彼なら麻酔銃で眠らせたわ。それに、私はこう見えても刑事よ?自分の身ぐらい守れるし、そんなに心配する必要もないわよ」
「貴方が大丈夫でも僕が大丈夫じゃないんですよ。まったく…」

さっきから安室さんは溜息を吐いてばっかりで、対して私は苦笑いを零すばかりだ。
ーーというかさっきからこの人、人格変わりすぎて怖いのだけど。

「それで、何をしてたんです?」
「パソコンがあったから、ちょっと弄らせてもらったの。面白いものが見つかったわよ」

名前はほれほれと言わんばかりに、コピーしたUSBメモリーを安室の前でチラつかせる。それを見た安室は一刻も早くここから立ち去ろう。と、彼女を連れて68階の部屋に戻った。そして部屋に置いておいたパソコンでその中身を確認し始める。

「これは…組織の開発した麻薬の密輸先リストか…」
「のようね。ご丁寧に取引日時までかかれてる。ジンにそれを送れば明日の取引で彼は抹殺されるでしょう」

パソコンを閉じた安室はソファに座る名前の横に腰を下ろし、グッと顔を近づける。反射的に名前は顔を後ろにそらした。

「今回は僕に協力してくれて有難うございました。おかげで捜査は手短に終わりましたよ。…しかし、君の行動だけは関心できかねます」
「いいじゃない、成功したんだし」

悪びれるそぶりを見せない名前を見て、安室はいきなり彼女の両腕を掴み、ソファに押し倒した。

「きゃっ…」

突然のことにバランスを崩した彼女は、腕を掴まれ、脚の間に入ってきた彼の体によって全く身動きを取れなくなってしまった。

「…いくら刑事で体を鍛えているからと言って、男と女の力の差は歴然だ。不意を突かれて手足を拘束されれば、君は何もできないだろう?そこが君の行動の浅はかさだ。…言っても無駄だとは思うけど、これからは絶対に無茶をしないでくれ」
「…」

正論を述べられ、名前は返す言葉を見失った。そして彼の真剣な顔から目を離すことができず、2人はじっと見つめ合う。それから暫くして、2人は同じタイミングで、ふふっ、と笑いあった。

「…私、安室さんは嘘臭くて嫌いだけど、"降谷さん"の熱くて真っ直ぐなところ、好きよ」
「それは光栄だ。俺も君のような魅力的な女性に会うのは初めてだよ」

安室…否、降谷は、ソファに押し付けていた名前の腕から片方の手を離し、そっと彼女の頬にそれを添えて、彼女の顔に自分の顔を近づける。彼女が目を瞑ったのを確認した降谷もそっと目を閉じ、二人の距離はどんどん近づいていく。

「ーーっ?!」

唇と唇が接触しようとした時、突如降谷の下腹部に走った激痛。降谷は耐え切れず、彼女の身体の上に雪崩れ込む。

「…何どさくさに紛れていい雰囲気に持って行こうとしてるのよ。女に隙を突かれるなんて、貴方もまだまだね」

そう言った名前は、いつの間にか彼の脚と脚の間に滑り込ませていた自分の膝を思いっきり彼の急所目掛けて振り上げたのだ。痛みから身体を動かすことのできない降谷。その下敷きとなった名前は、もぞもぞと身体を動かして彼の下から脱出し、ここに来るまでに着ていた服を持ってシャワールームの中へと入っていった。1人、部屋に取り残された降谷は激痛で身動きが取れず、ソファに横たわる。顔を顰めながら発した声は酷く弱々しかった。

「……貴方は本当に恐ろしい方だ…」

今朝、彼女の寝顔を見ながら呟いたそれとは全く違う意味である。降谷だからとか安室だからとか、そういう問題ではない。とにかく痛い。痛いのだ。それはもう涙が出そうなくらいに。それでも彼女を好きだと思ってしまう降谷は、もうマゾヒストの域に達しているのでは、と、自分で自分を心配した。降谷(安室)は、名前にむやみやたらと近づくことを控えよう。と、心に決め、ようやく痛みの和らいだ身体を起こし、ジンに報告の連絡を入れた。
そしてこの日を境に、名前は彼に心を開き始めた。
名前の家からは一緒にテレビを見たり、一緒に料理をしながら笑いあう男女の声が度々聞こえてくる。お互い本性を曝け出した2人に甘い雰囲気はほとんど見られなかったが、確実にその距離は近づき始めていた。



14.それがひたむきな愛の証であるかのように
title by ジャベリン
2016.01.31

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