まだ君は過去に埋もれて溺れてる

「…ねぇ……貴方、デパートに行くって言ってたわよね?」
「えぇ。そう約束しましたね」
「じゃあこれは何。そしてここは何処よ」
「見ればわかるでしょう、ホテルです」

約束どおりの時間に帰ってきた安室と、約束どおりの時間に支度を終えた名前は、安室の運転する車で家を出た。ところが何故かスーツを着て正装していた安室はデパートとは逆方向に車を走らせ、高級感漂うホテルの駐車場に車を停めた。一体全体どういう事なのだろうか。

「…何考えてるの、貴方」
「実は今日、このホテルの開業1周年パーティがありましてね…ある人物の動向を探れ、という仕事が入ったんです」

そこで貴方に僕のパートナーとして一緒に来てもらおうと計画したわけですよと、安室はいつものような人の良い笑顔を名前に向ける。
ーーふん。なんでも笑ってれば良いと思ってたら大間違いよ。
名前はいつもの仕返しだと言わんばかりに口を開く。

「…それは組織の仕事?それとも"ゼロ"の方かしら?」

名前は口許に弧を描きながら。安室はフッと笑ってから目を伏せ、やはり貴方の情報屋としての腕は素晴らしいようだ、と言いながら、じっと互いを見つめあう。
数分の沈黙が流れ、さきに口を開いたのは名前のほうだった。

「…まぁどっちだろうと私に関係ないし、協力するわ。後ろに積まれてるドレスもとっても魅力的だしね。…でもその代わり、私にも手を貸して欲しい事があるの」

安室は彼女の言葉に一度顔を顰めるが、それは一瞬の事で、すぐにいつもの笑みを顔に貼り付ける。

「…ギブアンドテイク、という事ですか。いいでしょう。喜んで力になります」
「ふふ。その言葉、忘れないでちょうだいね。降谷零さん」


* * * *


安室は自分の正体がバレた事に対して全く動じていなかった。彼女は組織が贔屓にする優秀な情報屋だ。自分の正体が発覚するのも時間の問題だと思っていたし、彼女との秘密が増える事に少し優越感を感じていたくらいだったのだが。問題は自分の所属する部署だった。
ゼローーつまり公安警察と呼ばれる組織は、10年前に起きたあの事件について、ある情報を握っていた。もちろんその頃安室はまだ学生だったし、これは先輩刑事から聞いた話だから確かではないのだが。しかし彼女が事件の情報を隠し持つ公安を良い目で見ていない事は確かだ。だから安室はもっと彼女から軽蔑されるのでは、と思っていたのだ。が、それは全くの誤算だったらしい。彼女はいつも通りだ、表面上ではの話ではあるけど。
今日は組織の仕事でここへやって来た。このホテルのオーナーが組織の末端で、どうやら勝手に組織の薬を持ち出して高値で売り裁いてるらしく、その動向を探れとの命令だ。本当はベルモットへの指令だったのだが、ベルモットが名前と行け、と安室に仕事を押し付けたのだ。彼女へのドレスや靴はベルモットからのプレゼントである。ホテルのエレベーターに乗り込んでベルモットが手配した部屋のある68階のボタンを押し、パーティでの作戦を立てながら部屋へ向かう。並んで歩く2人の距離は、前日にスーパーへ寄った時よりも確実に近くなっていた。

「ところで貴方。29歳で喫茶店のバイターっていうのはどうなの?」
「それはほっといてください」



12.まだ君は過去に埋もれて溺れてる
title by moss
2016.01.29

BACK

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -