赤井さんと沖矢さんのクラッシュ

「名前さん、もう少しだけ一緒に回ってくれませんか!」
「でも瑛祐くん、面会時間はもう終わるしまた明日にしよう?病院の人も困ると思う」

同居人の小学生を迎えにやってきた可憐な女は、水無怜奈を探る高校生を退散させるのに適任だった。初めて彼女の愛され体質に感謝をしたし、意中にない男に対する若干残酷な距離の取り方にも少し笑える。

「というか、ど、どうして僕がここにいるって気付いたんですか?」
「中道くんにえいすけくんの居場所を聞いただけで、会沢くんじゃなくてあなただって認識してた。それと、お姉ちゃんが瑛祐くんに聞きたいことがあるって言ってたから、事務所に行ってあげてほしいの」

情報収集に長けているのも知らなかった。おそらく母に似たのだろうが、これからその特技を何処かで使われるのは少々気が引ける。頼むから危険なことには首を突っ込まないで頂きたい。


天使に背中を押された丸眼鏡の少年は後ろ髪を引かれながらも杯戸町を後にした。未だ帰りたくないと駄々を捏ねる天才小学生にもできればもう少し力を借りたいので、一緒にここに居ればいいと耳に吹き込めばたちまちそこが熱を持つのがたまらない。

「あっ…この人」
「え?名前姉ちゃん、知ってるの?」
「うん。さっき自動販売機の前で小銭をばら撒いちゃって、その時に拾うのを手伝ってくれたの。お茶に誘ってくれたんだけど断っちゃった」
「間違いない。犯人はこいつだ」

坊やが録画した映像には頚椎捻挫で退院を先延ばしにしている男が映っている。その男の顔や特徴を一瞬で脳裏にインプットして病室を出ようと扉に手をかけるが、それを同僚の女が阻んだ。

「ちょっとシュウ!いくら彼が名前をナンパしたからって…」
「自販機の下に転がった小銭を拾うのに首を曲げないヤツはいないだろう」

奥でこちらを不安そうに窺う名前にばかり意識がいってしまうのは同僚の理解力が小学生以下であることに悲しくなったのも1つの理由にさせて欲しい。
それからもちろん、彼女に色目を使った件に関しては別で聴取する予定だ。

「そんな顔をするな。家まで送ってやる」

愛車の鍵をくるりと振り回せば不安な表情を隠しきれない少女が小さく頷く。てくてくと後をついてくるのがいじらしくて、地下に着いた頃には小さな左手を自身の右手の中にしっかり収めた。


少年は博士の家に泊まるからと言ってまだジョディと一緒に病院にいる。少々遠回りをして事務所の前に着いた頃には、小さな唇が白くなるほど噛み締められていて、腿の上の拳は震えていた。

「何も変わりませんよね…?これからも…」
「日本を平和な国にしたいんだ」

今夜も月が綺麗だと開きかけた口を誤魔化すために煙草を咥えた。彼女は勘が鋭いから、きっとこれから危険なことが起きるというのをどこかで察知している。

「…またドライブに連れて行ってくださいね。赤井さん」
「君からデートの誘いを貰えるとは思わなかったよ、長く生きてみるものだな」
「まだ死ぬにはお若いです」

この可愛い女の頭を撫でるに留めるのはやはり難しい。抱きしめたい衝動をどうにか堪えて、向けられた下がった眉を撫でると、くすぐったそうに下手くそなウインクをする。
いってくるよと声を漏らせば、小さな声で俯きながら、どうかお気をつけてと苦し紛れに見送りの言葉が返ってきて、本当に今日で2度と会えなくなってしまうような気にすら陥る。

「しっかり休めよ」
「その言葉はそっくりそのままお返しします」

結果的に名前がこの車に乗るのはこれが最後になってしまった。





△ ▽ △ ▽





赤井秀一が死んだ夜、少女は同居人の少年と布団を共にした。いつ誰から彼の訃報が耳に入るか分からないコナンの気遣いだったが、彼女がその事実を知ったのはそれから2日も経った日曜の朝のこと。

「な、んで…」

彼女がニュースを目にするのが遅くなったのはただの偶然だが、画面の奥で燃えるシボレーは確かに日本で見る車にしては珍しい。
FBIが日本に留まる理由を知らない彼女も、何かよからぬことが起きて自分が病院に通っていたことくらい勘づいているから、この車が彼の私物であるということを否定する材料が見つからない。

膝から崩れ落ちた小さな体はぺたりと音も立てずに冷たい床へと沈む。
ごめんと小さく漏れたコナンの声は名前の耳には届かず、ただほんの少し空気が揺れただけ。彼女の美しい涙がハラハラと流れる音が自分を戒めるかのように心に直接響いては唇を噛んだ。

「…正義のために命をかけるなんて、誰にでもできることじゃないよね」

そう言って肩を撫でることしか、小学1年生の自分にできることは他にない。



探偵団はすっかり消沈してしまった名前を元気付けようと、杉浦開人くんの家へ彼女の手をも引いてきた。

木馬荘。
遭遇するには少し早すぎるが、ポカリと空いた心の穴を少しでも彼が塞いでくれることを願うしかない。胸が焼けるほど悔しいが、もう何日も彼女は笑顔を見せていない。

結局焼けていたのはその木馬荘というアパートの方で、2丁目にはサイレンの音が響き渡っていた。
件のニュースがフラッシュバックでもしたのか、名前は顔色をみるみるうちに悪くして身体は後ろに傾きかけている。

「名前…!」
「おっと」
「、え…?」

無骨な手は一般人にしては手際良く名前の身体を支えたし、彼女を見つめるその細い瞳は愛情を含みすぎている。

「どこか涼しくて日の当たらない場所を探しましょう」
「……」
「そんな顔をしないで下さい。綺麗な顔が台無しだ」

ハの字に下がった眉と、溢れた涙を撫でる指は彼女に触れることに随分と慣れていた。
今となってはこれが全ての答えであったし、おそらく本人は彼女に隠す気が無かった。
それにしても彼女が沖矢昴を赤井秀一と同一人物であると判断する材料は推理をするにも少なすぎだと思っていたのは、今世紀最大の推理ミスだったのだろう。




△ ▽ △ ▽





横抱きにした名前を木陰に運んだ沖矢は灰原哀の疑いの目に自嘲しながら愛しい熱を膝の上に乗せた。
耳の横で弾けたダイヤモンドに優しく口づけを落とせば、彼女はさらにその大きな瞳に水を溜める。

「もう泣くな、2度といなくならないさ」
「そんなの、しんじられない…っ」
「神に誓おう。君の笑顔が好きなんだ」

まさか彼女が自分の死をここまで悲しんでくれるとは思わなかった。この件に関しては少年の方がよほど懸念していた。

「日本を平和にしたいのは、お前を守りたいからだ」

初めて出会ったNYでのあの日から、彼女の涙は何度か目にしてきた。その度にひどく勿体無いものに感じてしまったのは、その時から自分の大切な存在になると感じていたから。

「守ってもらわなくていい……あなたが、生きていてくれたら…」

重たい瞼を閉じた少女はぎゅっと自身の手を握ったまま夢へと旅立つ。俺を思って眠れない日が来るだなんて、あの時にはお互いきっと思ってもみなかった。

「ありがとう名前…守られているのは俺の方だな」

腕の中の心地よい熱を抱きしめて、生きていることへの悦びを噛み締める。頼まれたって2度と離れてやるものか、これからどんな恋敵が現れたって、この想いは揺るがない。



次に名前が目覚めた広い洋館では、夢と現実の境界線がごっちゃになってしまった彼女に再び泣かれ怒られでもう大変なことになったが、この話をするたびに少女は頬を真っ赤に染めてクッションに顔を埋めることになる。

「戻ってくるならそう最初から言ってください!」
「そう怒るな。すぐに見抜かれるなんて誤算だったんだ」
「あなたの手は独特だから、触れられたら気付きますっ」
「何度も抱きしめた甲斐があったよ。あぁキスで気付かせてやってもよかったな」
「〜っ、は、はんせいしてくださいっ」

2021.02.23
赤井さんと沖矢さんのクラッシュ

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