冷たくなった肌を抱く

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風柱の元に彼の継子の訃報が届いたのは、まだ朝露がしとしとと滴る早朝のことだった。

「そうか」

鎹鴉の報告にそう告げてから、彼はもう何日も口を開いていない。それでも今までどおり夜には鬼狩りへ赴き、朝には自邸に帰ってきた。ただそこにないのは、彼の継子、名前の存在。

「実弥さん、おかえりなさい」
「…寝てろつったろォが」
「さっき目覚めちゃったんですよ。お風呂準備できてますから、あったまってきて下さい」

兎に角世話焼きで、お人好しという言葉が何よりもしっくりくるような奴だった。柔らかい笑顔は周囲の心を暖め、ころりと懐に入り込む。自分も例外ではなく、初めこそ鬱陶しいと思っていた彼女をいつの間にか継子として迎え入れ、自邸に住まわせ、気がつけば彼女が出迎えてくれることが当たり前になっていた。
その反面で鬼に対する憎悪は抜きん出ており、任務や鍛錬への情熱は凄まじかった。いつか必ず無惨を倒すと息巻く姿は自分のそれよりも恐ろしかったし、何故か酷い儚さを感じていた。

「傷は早くに手当てをしないと痕になってしまいます。駄目ですよ、鬼なんかのためにそんな傷を残すなんて」
「今更一つ二つ増えたところで変わんねェ」
「そういう心構えのことを言ってるんですっ」

一緒に汗を流し、飯を食べ、笑顔で見送られ、また出迎えられる。ころころ表情を変えて、いつだって側にいた。渇ききった心を潤す、唯一の存在だった。

「見送りはいいから鍛錬しろォ」
「見送ってから鍛錬します。実弥さんの無事を祈るのも継子の大事な役目なんですから」
「んなの聞いたことねェぞ」
「現にこうして毎日一緒に居られるのは、そのおかげかもしれないでしょう?実弥さんがおじいちゃんになるまでずっと見送らせていただきますから!」

5日ぶりに風柱邸に帰ってきた名前の、柔らかく微笑む顔に熱はない。
箱の中で静かに眠る姿に喉の奥がジンと震えた。こんなに小さな身体で、いつだって熱心に俺の背中を追いかけてきていたはずではないか。如何してこんなに冷たくなっている。

「最期まで、とても立派でした。鬼を倒してから逝けるなら本望だと、笑っておられて……」

鬼殺隊の命は呆気なく鬼に奪われる。
鬼と関わることを選んだのは自分だ、本人も覚悟の上での入隊だったはずだし、自分もそれを受け入れなくてはならない。それなのに。

「ちょっと早すぎるんじゃねェのかァ」

朝露の乾いた葉が陽光を迎え入れ、庭の水仙が顔を上げる。
ひどく弱い声を発した己の頬を湿らせる露は当分、消える気配がない。すぐそばで、まだあの鈴を転がすような笑い声が聴こえてくる。

「風柱様へ伝言を参っております。約束を守れなくて、すみませんでしたと」

口を開けば俺への労いや心配ばかり。自分は傷をつけて帰ってきたって胡蝶のところで治療をしてもらい、辛い顔ひとつ見せずに鍛錬に勤しんでいた。
家族や兄弟子を目の前で失くした過去を背負う俺の前で死ぬのを避けようと、どうにか同じ任務に行くことを断り続けていたのを知っている。そんな彼女の優しさに俺は甘えてばかりで、何もしてやれなかった。大切に思っていたことに、今更気付くなんて。

「名前、」

明日は言おうと思っていたありがとうを言えずに、先に逝かせてしまった。それもいつだって、自分の手の届かない、知らないところで。
言いたいことはたくさんあるはずなのに、口を突いて出るのは彼女の名前だけ。屈託のない笑顔で返事が返ってくるのを、ずっと期待してしまう。

「醜い鬼どもは俺が滅殺する」

覚悟の一文字を背負い、邸を出た。
じいちゃんになるまですると豪語していた見送りの代わりに、トンと柔らかく背中を押されたような気がして、一筋の涙が再び頬を濡らした。

2021.02.06
冷たくなった肌を抱く

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