沖矢さんとお留守番

「ごめんなさい、暫くお世話になります」
「いらっしゃいませ名前さん。その割には少ない荷物だ」

謝罪の言葉が口癖の少女がぺこりと頭を下げる姿が愛しい。沖矢昴は白くて小さな右手からボストンバッグを引き剥がして、その薄い肩を工藤邸へ招き入れた。

「近頃は中々いらして下さらないので、てっきり嫌われているのかと思いましたよ」
「期末テストが近くて。それにしても掃除が…すごい、綺麗です」
「以前お越し頂いた女子高生の家政婦さんがとても優秀だったので」

嫌われるようなことをした自覚は勿論あるが、頬を撫で上げると下手くそなウインクをしてくすぐったそうに身を捩る。愛しさが込み上げて、危うく初日から実家に帰ると泣かれるところだった。

「まさかあの坊やが許してくれるとは」
「新幹線にはめっぽう弱いんです、小学生の時に乗ったのが最後で」
「なるほど。となると船も怪しいところですね」

軍艦は初めて乗るだろうし、子供連れの大人数では協調性が重んじられるであろうから、今回の留守番は仕方がないと腑に落ちている。本当は少し疑われているくらいの方がよっぽど立ち回りやすいのに、ありがたいことに彼女の小さなボディガードは沖矢昴に絶大な信頼を置いているので今日も一緒に留守番だ。

「お守りを押し付けられてお困りでしょう。せっかくの夏休みなのにごめんなさい」
「貴方と一緒に暮らせると思うと浮き足立ってしまいましたよ」

ここまでストレートな言葉を紡いでいるというのに、どうしてこうも鈍いのか。新品のスリッパやバスタオルを揃え、窓の外を2階からずっと伺っていたのが何よりの証拠だと少女が気付く日は、きっと自分が半世紀を生きても訪れない。


少女の1日は至ってシンプルだった。
料理や掃除をして過ごし、空いた時間は本を読む。こちらがドライブに誘えば首を縦に振るし、模試の勉強を見て欲しいと頼まれることもあった。元々インドアが常なので、此処に預けられたのも頷ける。

「クリームチーズが安売りだったんです。沖矢さんのお酒を少し頂いてもいいですか?」
「えぇ。ティラミスですか、楽しみだ」
「すごい、名推理です」

死んだ身分で生きていくことに虚しさも悲しさも感じていたわけではないが、こうして花が綻ぶような笑顔を向けられてしまうとグリーンカードを取らずに掴むことのできた幸せを描いてしまう。
それにしてもこの少女は安心し切った表情で過ごしすぎではないか。

「おきやさん…?」
「君のお姉さんは下の名前で呼んでくれるが」

やはり自分は少し強引なくらいがちょうどいい。
2人で座るには広すぎるソファへ小さな背中を押し付ければ、潤んだ瞳が反抗の色を映した。躾の悪いFBI捜査官にしか見せない、2人だけの秘密の表情。

「このまま此処に住めばいい。一生不自由はさせないし、俺が君を守る」
「こなんくんが、ゆるしません…」
「俺の前で他の男の名を出すとはいい度胸だ」

ひゅっと息を呑む音が脳にまで響く。次にくるであろう感触から逃れられないとでもいうように、目一杯瞳を閉じる姿がなんとも堪らない。
瞼をぺろりと舐め上げれば、ひゃあと猫が鳴いた。

「キスを待っていたのか。気が付かずすまない」
「〜っ、あかいさんなんてきらい…」
「俺はお前を愛している」
「そ、そういうところっ」

ぷっくり紅く染まった頬に今度こそキスを落とせば2階に閉じこもってしまいそうだったが、大人の力に抗えない少女は早い段階で抵抗を諦めた。
どんな男のキスも受け入れているのならそれは問題だが、これは自分だから許されていると言い聞かせる。

「昴さんは優しい工学院生じゃないんですかっ」

顔を真っ赤に染め上げて、半ば叫ぶように名前を呼ばれて仕舞えば、やっぱり自分にだけ見せてくれる表情が沢山ある気がして狂おしい。
自分らしく過ごすことはいつだって沖矢昴の味方をしてくれる。

「えぇ。それと君を愛するただの1人の男だということも忘れないでいただきたい」





たしかに刑事を自分の手駒としか思っていない少年は我が同僚にも同じような見解を持っているらしい。
お目付役として、ショートカットの女は最終日の朝に頭を抱えてやってきた。

「シュウ…あんたねぇ、」
「これでも手加減はしたつもりだよ」

ジョディは広いソファに眠る天使に同情の目を向けている。たしかに首筋に咲く花を見れば好ましい関係を連想できないが、昨夜は本当にこれだけだ。仮にもFBIなので理性くらい持ち備えているが、同僚からの疑いは晴れない。

「これじゃクールキッドに合わせる顔がないわ、大の大人がなにやってんのよ…」
「悪気はなかったんだ」

それでもくたりと凭れかかる熱が愛しくて、ジョディの五月蝿い言葉よりも、脳に染み付いた甘い赤井さんという声が何度も木霊してならない。いよいよ自分も狂気に冒され始めているが、責任の一手を担っているのは他の誰でもないこの少女。

さて。工藤夫妻がこの事案から匙を投げ出す前にクールキッドの機嫌を取る方法を考えなくてはならないようだ。


2020.01.30
沖矢さんとお留守番

〜後日〜
「名前さん。この3日間ご自宅に電気が付いていませんでしたが、何処にいらっしゃったのですか?」
「え、っと…かぞくと京都に、」
「あなたは留守番をしていたと蘭さんに伺いましたよ。それから僕の知人があなたを2丁目で目撃したとか」
「は、博士のおうちで留守番を、!」
「変ですね。阿笠博士も一緒だったと訊いていますが」
「うっ」
「あの沖矢とかいういけすかない男と居たなんてことがあれば閉じ込めますよ」
「す、すばるさんは関係ありませんっ、」
「ホォー…随分親しい間柄のようですね。彼氏の僕は名前で呼んでくださらないのに」
「うっ…」
「さて、洗いざらい話してもらいましょうか。ちなみに貴方に黙秘権はありませんよ」
「おおお横暴ですっ」

このあとすごい夜になった

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