探偵事務所で籠城事件

外国からやってきたという新しいクラスメイトはいたく名前を気に入っている。
制服を着ていなければどう見ても男なので、休日のボディガードとしては打ってつけだ。もちろん銀の弾丸のお墨付きで。

「日本でも制服って失礼のない服に分類されるかなぁ」
「真澄ちゃんってお父さんのファンだったの?」
「だって君も式は挙げたいだろ?」

まずは同棲を承認してもらうところからだと顎に手を当てているが、よもや墨を付けた男も常人では無いので、コミュニケーションの難しさはご愛嬌だ。そうでなければ真顔で言う可愛いアメリカンジョークの類か何か。


一方で未だ真実を知らない男は、その帰国子女の姿を見るだけで焦燥感に駆られる。江戸川コナンは子供たちからの情報提供に成す術もなく狼狽した。

「いよいよ年貢の納め時ね。嫁に行く日もそう遠くないわよ」
「バーロォ…誰がくれてやっかよ……」
「名前お姉さんってケッコンするの?!あのイケメンさんと?」

そのイケメンがどれを指しているのか分からないが、どいつだったとしても名前は面食いになるだろうし、いつの間にか恋敵がゾロゾロ出現していることにヤキモキすることしかできない。それでも今のところ17年間彼氏がいないのは長年に渡る努力の結晶だ。

病弱な幼馴染は自分がいなければ外出すらできなかった。中学に入ってからは寄り付く虫を排除するのに躍起になっていたが、この姿になってからその役は姉に一任されている。腕っ節だけはいいが色恋となると妹の背中を押し捲るし、鈴木園子は待ってましたと言わんばかりにパーティだの合コンだのと出会いの場に連れ出そうとするので、此方の内心は見かけに反して老けまくり。マイクの奥でこの会話を耳にしているであろう工学院生だけが同情の念を抱いてくれる。

「隣の家に高頻度で天使が舞い降りてるのは貴方の仕業でしょう」
「そんなによく行ってるとは思わなかったんだよッ」
「だから早く追い出してって言ってるじゃない」

危ない、この件に関しては彼も敵であることをすっかり失念していた。近いうちに合鍵は没収しなくてはならない。

「…気になるなら確認してみたら?あなたの方の覚悟はできていないでしょうけど」
「掻っ攫う方ならオメェの懐次第」
「……晩年薬を作れっていいたいわけ?」

やはりこの女は手厳しい。解毒薬の調達方法はこれしか当てがないので大人しく従うしかないのが少し癪。

「名前違いじゃねえか…」

言われるがまま指を滑らせたスマホの液晶に浮かぶ名前は確かに愛しい人の苗字だったが片割れの方。手元が狂うくらいには未だ覚悟が出来ていないらしい。このまま切ってしまおうかと悩んだ数秒後、休日の早起きを嫌って2丁目への前泊を選択したことを悔やむことになる。この件に関しては一生姉に頭が上がらない。





△ ▽ △ ▽





切らないでと何度目かも分からない願いが遂に以心伝心を果たしたのか、姉と友人が粋な行動に出たので両親に心の底から感謝した。双子ってすごい。
拳銃の次は爆弾。短期間に2度も人質にされるのは、犯罪組織に身を置く危ない恋人ができたからだろうか。

「空手のできる娘が居るとは聞いていたが、まさか2人もいるとは…こいつをつけてきて正解だったなぁ」
「っ、名前ッ!」
「おっと動くなよ。妹の方は軟弱だってのも調査済みなんだぜ」

姉のように体力も無ければ底無しの病弱なので護身術を学ぶことができなかったが、こんな形で仇となるなんて思っていなかった。
両手を背部で軋むほど強く締められ、跡がついたら色んな人に怒られそうだなあと、爆弾を前に呑気なことを考えていた。父の苦虫を噛み潰した顔はできればもう見たくない。


居候の素行調査でもしたいのか、新しく出来た友人は少年がタッチの差で2丁目に向かったことを知ると帰宅の準備を始めた。明日は米花町を案内する約束をしているが、江戸川コナンが不在なので延期になるかも知れない。

「今度は2人きりの時に呼んでくれよな。武勇伝はその時に聞くとするよ」
「うん、コナンくんにつたえておくね」

そうじゃなくてと、誰かさんに似た顔が迫ってきたので反射的に身体が背後に傾く。同時に扉を開けたらしい知らない女の人が受け止めて、姉の焦った声が聞こえた。


父の武勇伝を訊かせてくれとやってきた予期せぬ客人にティーバッグの数が足りるか頭の中で計算していると、物騒な手土産を抱えてやってきた最後の客が姉と友人の武術に機械で対抗して私の腕を纏め上げた。体術が駄目なら工学でも学ぼうか。幸いなことに適任な知人は沢山いるし、助かる未来のことばかりを考えていて、これまた恋人の上昇思考に毒されている。

タイミングの良い居候少年からの電話は武術を極める2人のお陰でまだ途切れていない。きっと明日のキャンプを断るので、米花町ツアーは探偵団のガイド付きで決行されそうだ。というところで冒頭に至る。

「この携帯繋がってるじゃねぇか!クソ…小娘が舐めた真似しやがって、いい度胸してるじゃねえか」
「名前!!!」

顔と身体が外気の漏れる窓へと押しつけられる。頭部にはカチャリと冷たい機具を充てられているので、外から見たら完璧に看板に泥を塗っている。
この頭部の感触は何度経験しても慣れないだろう。一般の女子高生が何度もそれを経験するのがまず可笑しな話。

「ぁ…」

姉の金切り声に揺れる窓の下で、そのいつも上昇思考の男が苦しげな表情で目を見開いているのが見えた。
客の避難は終えたらしいので、これからどんな行動を取るかわからなくて恐ろしい。工藤邸の大学院生もそろそろスタンドを組み立て終える頃。もしかしなくてもこの状況をスコープ越しに覗いているかもしれない。
女の子のプライベートを盗み聴きするのは良くないと再三言ったが素行を改める気は2人とも皆無だ。

「どうなるか、分かってんだろうなぁ!」

安室さんの口が動く。読唇術がある訳ではないが、生命の危機だからか耳許で囁かれているような気分になって泣きたくなった。転校生と姉の荒げている声の方が随分遠くに聞こえる。

「待って!違うんだ、それをやったのは…」
『僕ですよ』

最近見かけない幼馴染の顔を恋しく思った頃、こちらも思いが通じたのか、心の底を暖かい炎で灯すような力強い声が事務所に響く。近くに居ないのにいつだって心の中に棲みついているのは、居候の顔が似過ぎているせい。



どういう訳か機動隊と同じタイミングでやってきたトリプルフェイスは本職を隠す気がさらさら無いし、抱き締められた身体がミシッと音を立てるくらいには力加減を忘れられている。まだ誰にも関係は伝えていない。

「無事で本当によかった…」
「しんぱいをおかけしてごめんなさい」

それでも機動隊の突入に待ったをかけてくれた張本人が一番苦しそうな表情を見せるから、私は黙ってそれを受け入れることしかできない。

「当分サスペンスドラマは観なくて済みそうです」
「此方は生きた心地がしませんでしたよ」
「1年に2度も人質になるなんて、わたしもびっくりしました」

どうにかいつもの喫茶店員の顔を引き出したくて冗談を言ったつもりだったが上手くいかない。姉が好奇の目を向けているのにそろそろ気付いてくれないか。

「毛利先生。名前さんは少し貧血気味のようですので事情聴取を後日にずらして貰えるよう話を通してあります」
「お、おぉ…」
「僕が責任を持って病院へ送り届けますのでご安心ください」
「あぁ、頼んだ…?」

ほらみろあの頑固な父だってその怖い笑顔に押されてる。


車内に半ば強引に押し込まれるのはこれが初めてなことではないが、普段の万人受けな優男がする表情でないことは確かなので此方はハラハラドキドキが止まらなかった。本物の爆弾は未然に抑えられたが、この男の不機嫌は今にも爆発してしまいそうだ。

「まったく…油断も隙もない。君にはもう少し危機感を持って行動して欲しいものだ」
「あ、安室さん、聴こえちゃ」
「舐めるのはFBIだけにしてくれ」
「そうじゃなくて…んぅっ」

耳を指差して伝えても日本警察切っての頭脳は正常に作動していない。性急に唇を押し当てられ、俺のここを舐めるのなら歓迎だがと低い声で囁かれて仕舞えば何も言えなくなる。そうでなくても盗聴器を懸念しているのに。

「貴方のそんな可愛い声、人に聴かせるわけがないでしょう。そういう趣味があるのなら善処はしますが」
「なにをいうんですかっ」

恥ずかしいことばかり並べる男に反抗の眼を向けると、その先には言葉とは反対に、真剣な表情で此方を見つめる蒼い瞳。その目を見ると、いつだって貼り付けられたように動けなくなってしまう。

「本当に、心配だったんだよ」

警察官と探り屋を行ったり来たりするのでこちらも心が追いつかない。それでも見分けがつくようになったのは、彼の纏う空気が少しでも温かくなるのを感じる感覚が身についたから。そう思えるほど長く時間を過ごしていることに自分が一番驚く。

「来てくださるって信じていたんです」

だって、必ず助けるって言ってくれたでしょう。あの言葉が無ければ正直本当にもうダメだと思っていた。わたしが傷一つつけられずにこうして過ごせているのは、彼が身を削ってまで救ってくれるから。

「馬鹿ですね。僕なんかの言葉を信じてくれるだなんて」
「では、私のことを好きだというのも嘘ですか?」

傷を負う必要も、自分を苦しめる必要もない。彼は今日、ずっと唇を噛み締めて自分を酷く責めている。貴方が責任を負う必要なんてこの世のどこを探しても見つからないというのに。命をかけてすくわれたのは、今日が初めてのことではない。

「僕の人生で唯一の事実は、君への想いです」

悪役を買い続ける哀しいおとな。本当は優しくて正義のために生きていることをわたしは知っているし、これからもきっと。

「信じていますよ、貴方のことも」

初めて会った貴方が名乗った人だって、貴方であることに変わりはない。そう耳元で彼だけに聞こえるように囁けば、蒼い瞳が僅かに揺れて、それから全身が優しい体温に包まれる。この熱が地球から消えてしまわないよう、存在を確かめるように広い背中に手を回した。

「くれてやるつもりはないですが、このまま立て篭もりたい気持ちはよくわかりますよ」
「ひ、人質はもう…」

一介の女子高生なので流石に懲り懲りだ。

2021.01.20
安室さんと籠城事件

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