水柱様と雪山

これは少し前の話。
しんしんと降り積もる雪が視界を狭める、寒くて冷たい夜だった。
空を覆う分厚い雲の切れ目にひとつの星を見つけて息を吐く。紅く染まった鼻は隣で同じように空へ息を吐き出した名前も一緒だった。

「すぐそこに廃屋がある。もう少し耐えられるか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。私は大丈夫ですので、先を急ぎましょう」

銀世界に映える、凛とした美しい姿。すっかり見惚れてしまっていた自分に喝を入れ、小さな手を引いて先を急ぐ。悴んで、触れているのかいないのか分からなくなってしまっているのが非常に惜しい。


名前を任務の事後処理に連れてくるようにとの伝令を受けたのは、義勇がちょうどその悲惨な現場へ辿り着いた明け方のことであった。そこで暴れたという鬼が毒を用いた血鬼術を乱発させていた故、隊士は呻き声を上げながら雪の積もる地面にゴロゴロと転がっていた。幸い死者は出なかったものの、何分重傷者の数が多すぎる。朝日が登る前に到着した隠にも被害が現れているようだったので、この人数を此処から柱である自分の力のみで動かすことは非常に難しい。ましてやこの雪だ、傷を抱えたまま山を降りれば二次被害で事は治らない。
蝶屋敷には数日前の那田蜘蛛山の一件で負傷者が溢れている。そこで名前に白羽の矢がたった。正直なところ、彼女をここへ連れてきたくはなかった。惨い現場を見せたくなかったのは勿論のこと、彼女を他の隊士に知られてしまうのが惜しかったから。

名前を羽屋敷まで迎えに行き状況を掻い摘んで伝えると、必要な用具や薬を手際よく揃え、自身の先導によって昼頃には現場の山へ辿り着いてしまった。
隊士や隠のひとりひとりを丁寧に診察し、薬を調合してゆくその一連の流れが流麗で、美しく、義勇はすっかり見入ってしまっていた。

「苗字様、本当にありがとうございます。藤の家に到着次第ご連絡いたします」
「無理はなさらず休憩をお取りくださいね。何かあった場合には鴉を飛ばしてください」

先に治療を施した隠たちは毒が回っていたことが嘘のように回復したため、隊士たちは分散して藤の家紋の家へと担ぎ込まれる運びとなった。名前の薬が効き、先ほどより幾分顔色の良い状態で隊士が運ばれていくのに安堵の息を漏らし、2人残された義勇は名前と共に山を降りる。しかし、不幸なことにそこで自身の鎹鴉が声を上げた。気がつくと空は既に暑い雲で覆われており今にも雪が降り出しそうだ。

「すまない。着いてきてくれ」
「承知いたしました」

これから夜が来るというのに、名前を一人で帰すわけにはいかない。隠が一人でも残っていればよかったものの、何故こう間が悪いのだろう。

駆り出された先に現れた鬼をあっさり討った義勇は羽屋敷への帰路を急ぐため、名前の手を握った。しかし、天候は荒れ狂い、二人は視界を奪われた。狭霧山の深い冬を知っている義勇はこのまま山を下ることが重度の自殺行為である事を知っている。義勇は此処へ来る途中に目にしていた廃屋へ脚を急いだ。というところで冒頭に至る。

「疲れただろう。夜が明けるまで休むといい」
「冨岡さんこそ、冷えたでしょう?もう少しこちらへいらして下さい」

火の灯る囲炉裏の前で名前は自身の隣の床をポンポンと優しく叩いた。壁に背を預けていた義勇は腰を持ち上げて彼女の隣に移動する。鼻腔を甘くて優しい匂いがくすぐった。

「軽症の隠を先に治療し、動ける人数を増やしたのか。いい判断だった」
「重症の隊士の方々も命に別状はなさそうで安心いたしました。薬が効いてよかった」
「君はいつも羽屋敷で帰りを待っていてくれるから医者である事を忘れてしまう」

ころりと鈴が鳴るように笑って、名前は息を両手に吹きかけた。そんな彼女の肩に自身の羽織を掛けてやれば、それを返そうとしてくるものだから強引にその手を押し返す。

「冨岡さんも冷えています。私は中に着込んでいますので大丈夫ですから」
「俺は冷えていない」
「……この手の冷たさは何でしょうか…」
「…俺は冷えていない」

確かに手は冷えているが彼女ほどではない。こんなに小さな身体で慣れない道を歩かせてしまった己の償いでもあるのだから、素直に受け取って欲しいとは口にできなかったが、彼女ならきっと俺の気持ちを汲んでくれるだろう。いつもそれに甘えっぱなしだ。

「では…これでお互い暖かくなりますでしょうか」

名前は小さな頭を義勇の膝の上に転がした。彼女の身体の熱と、その上にかけられた羽織が膝掛けのように自身を足から暖めてゆく。鬼が出るかもわからないこの地で自身が睡眠を取らないと分かっていたのだろう。その気遣いが何よりも嬉しかった。

「炬燵が恋しいですね。帰ったら一緒に入りましょう」
「…俺はこっちの方がいい」

名前がぴくりと身体を震わせた。それが寒さに起因したのか、自分との距離を認識した恥じらいからなのかは分からなかった。

「冨岡さんは策士ですね。普段は口数が少ないのに、そういったことはころりと言ってしまうから」
「…嫌いか」

下から顔を覗かれる。大きな瞳が二度ぱちりと開閉し、柔らかな笑顔が向けられる。

「いいえ。そんな貴方も愛おしいと思います」

羽織の中でぎゅっと手を握られ、熱が伝わる。名前の耳が淡い桜色に染まっているように見えるのは囲炉裏の火の所為だろうか。

「策士はお前だろう」

このまま組み敷いて抱きしめることができたなら、どんなに幸せだろう。義勇は燻る熱を彼女の絹のような髪を撫でるに抑え、もどかしい気持ちで夜明けを待った。

20210109
水柱様と雪山

羽屋敷の天使さんが鬼殺隊に戻る前のおはなし


BACK

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -