蜜璃ちゃんは悶絶寸前

名前が鬼殺隊として任務に就くようになってから1ヶ月が経とうとしていた。

晩年人手不足の鬼殺隊で柱に匹敵する強さを保持する名前が戦線に立つようになったのは鬼殺隊にとって実に有益なことだった。同行した隊士や隠が浮ついた笑顔で帰ってくるのが恨めしいと柱たちは嘆いているけれど。

「名前ちゃん、可愛いわ〜…素敵!!ねぇ、こっちなんてどう?」
「蜜璃さん。私にこんなに可愛らしいもの、似合いません……お似合いになるのは貴方くらいです」
「んもう、名前ちゃんってどうして自分の美貌に気づいてくれないのかしら…」

蜜璃は偶々同じ任務に就いた名前と帰り道に通る街へ寄っていた。早い段階で店の甘味を食べ尽くしてしまったので、衣服や雑貨を見て回ることになり、文字通り名前を連れ回していた。



名前ちゃんは自分の持つ美貌を全く理解していないの。一緒に歩いていても彼女に目を奪われないひとは殆どいないし、犬や猫ですら寄ってくる。
これまでは羽屋敷を出ることが殆どなかったし、着物の上から割烹着を着ていることが当たり前で気にならなかったけれど、こうして鬼殺隊の隊服を身につけて休みも殆どない生活の中で、自分を着飾ろうという気持ちを彼女にも起こして欲しいの。そうしたら私と一緒にいろんなところへお出かけできるのに!

「うわぁ、素敵な髪飾り!この青いガラス細工が名前ちゃんにぴったりね…!」
「隊士になってからは髪を結うことが多いので、飾りが欲しいと思っていたのです」

名前ちゃんの視線の先には小さなガラスの水晶が揺れる髪飾り。それを見た瞬間、彼女の後頭部でそれが揺れている姿が頭に浮かんだわ!絹のようなサラサラの髪の毛が揺れる姿も素敵だったけど、後頭部で結われた髪の毛もとっても可愛い。ぜひ私が買ってあげたいと思っていたその時、お店の扉がカランと音を立てて開いて、入ってきたお客さんが名前ちゃんを見てとっても優しく笑ったの。

「名前じゃないか?久しぶりだな」
「まぁ、こんにちは。こんなところでお会いできるなんて」

それはパリッとした背広を着こなす、素敵な殿方でした。その出立ちや柔らかな表情にぺこりとお辞儀をされただけでキュンとしてしまったのは名前ちゃんに筒抜けだったと思うわ…。

名前ちゃんはいつもの素敵な笑顔でその殿方と楽しそうに会話に花を咲かせていた。そこだけまるで西洋の絵を切り取ったような気持ちになるくらいお似合いだったから、私は終始きゅんきゅんが止まらなくて大変!絶対あの男性は名前ちゃんを好きだと思う。私、そういう恋する目線を察知するのは得意なのよ。伊達に恋柱をやってないんだから、フフン。

「ではまた。お身体にお気をつけて」
「あぁ、今度は食事にでも誘わせてもらうよ」

殿方は最後に私にも手を振って下さいました。自然に名前ちゃんの後毛を耳にかける姿が紳士的で、鬼殺隊の中には居ないようなその方の振る舞いに私は思ったわ。柱だけが男ではないのね…。

「蜜璃さん、すみません。お待たせしてしまいましたね…」
「名前ちゃん…さっきの方、とっても素敵ね!いや、あの方と一緒にいる名前ちゃんが、もう、すんっごく可愛かった!」
「外国からいらした方なんですよ。西洋の医学書を読んでいたので、言語が少しだけ通じる私に向こうのいろはを教えてくださって」
「通りで鼻が高くて浮世離れしてると思ったわ!あの方は、名前ちゃんの想い人…なのかしら…?!」

名前ちゃんが大きな瞳をぱちくりさせて照れているように見えた。こんなに可愛らしくて美人でお料理も上手でみんなから好かれているのに、浮いた話のひとつもなくて残念だと思っていたから、私は漸く彼女とそういう話ができると思って舞い上がってしまうのは許して欲しいわ…。

「蜜璃さんのご期待に応えられずすみません。あの方とは良きお友達だと思っています」
「そ、そうなのね…残念だわ…」

名前ちゃんが眉を下げて笑ってる。私ったらまた早とちりを…恥ずかしい。でも、名前ちゃんとこう言った話をするのは久しぶりだし、もう少し突っ込んだ話を聞いてもいいかしら…?いつもは聞いてもらう専門だし、たまにはいいわよね!

「じゃあ、名前ちゃんには想っている殿方はいないの?」
「想っている殿方、ですか…」

羽屋敷へ行けばいつも無一郎くんがいるし、不死川さんや冨岡さんもあんなにとっつきにくい性格なのに名前ちゃんのこととなると目の色を変えて話に入ってくる。後輩隊士たちもよく名前ちゃんの名前を出しているのだから選り取り見取りだろうに…。鬼殺隊にはたくさん強くて魅力的な殿方がいる。

名前ちゃんは少し考えるような素振りを見せてから私の手を取った。その柔らかな手の感触と優しい眼差しに今日一番、心臓がどきっと飛び跳ねたわ。私、きっと性別が男性だったら名前ちゃんに恋していたと思う。

「わたしは皆様のことが心の底から大好きです。蜜璃さんのことも、他の柱の皆様のことも」
「名前ちゃん、可愛いわ…!私も貴方のことがだいすきよ!」
「ふふ、嬉しいです。私たち両思いですね?」

名前ちゃんが愛おしそうに笑うから、私までなんだかむず痒くなってその小さな身体をギュッと抱きしめた。柔らかくて、暖かくて、本当に陽だまりのような子。

「これからもお出かけしましょうね。温泉にもまた一緒に行きたいわ!」
「えぇ、もちろん。その日まで無事でいられるよう頑張りましょう」

名前ちゃんと小指を結び合って小さく笑いあったとき、この幸せを守るためにも柱として頑張ろうって改めて思うことができた。
次に会う時にはお互い想い人の話ができるようにがんばりましょうね…!





△ ▽ △ ▽





お館様の意向で、次の柱合会議には名前も呼ばれることとなった。誰が迎えに行くかという話し合いで一悶着あったが、たまたま羽屋敷に用事があったしのぶがそこへ名前を連れてきたので、一先ずその日の柱合会議は事なきを得た。

「名前ちゃん、その髪飾り買ったのね。やっぱりとっても似合ってるわ!」
「こちらは蜜璃さんと街へ行った後日に戴いたのですよ」
「えっ!それってもしかして、あの西洋の素敵な殿方から、かしら…?!」
「……殿方だァ…?」

風柱の地を這うような声色にしのぶはすぐさま興味をくすぐられた。柱たちが名前を巡って火花を散らし、冷静さを欠く姿を見届けるのは宇髄と同じで最近のしのぶの趣味となっている。

「やっぱり…!あの人絶対名前ちゃんに気があると思ってたのよ!私、そういうのすぐわかっちゃうの〜」
「まぁ。名前さんのそういうお話を聞くのは初めてですね。甘露寺さん、その方はどんな方だったんですか?」
「しのぶちゃん!あのね、2人が話してる姿を見ただけできゅんきゅんしちゃったの!まるで西洋の絵を見ているようだったわ…!名前ちゃんを見る目がこう…ふわぁってしてて、ぐっときちゃったのよ〜」

空を見つめながら顔を紅く染める恋柱の前で、当の羽屋敷の天使は困ったように眉を下げている。同じ速度で周囲の温度が下がったことに蜜璃はまだ気づかない。

「それで?!こ、告白、とかされたりしたのかしら…?」

きゃっきゃと恋柱の高い声が庭に響く。彼女の言葉に、名前を意中に置く男たちの顔色がみるみるうちに青くなってゆく様を必死に笑いを堪えて見守った。
先日彼女が患った血鬼術のおかげで距離の取り方をすっかり忘れてしまった風柱は今にも刀を抜き出しそうだし、水柱と霞柱はもはや白目を剥いている。炎柱は状況をよく理解していないのか、頭にはてなを浮かべている様子。

「あの雑貨店でお会いした方なら先日お国に戻られたと伺っております。それから、この髪飾りは千寿郎さんに戴いたのですよ」
「おお、それが例の代物だったか!うむ。よく似合っている!」

予想だにしなかった人物の名が浮上したので、皆んなの顔が一斉に曇った。炎柱だけが立髪を猛獣のように揺らしながら胸を張っている。

「実は先日、熱を出した千寿郎を彼女に診てもらった!その時世話になった礼をしたいと千寿郎が甘露寺に相談したと言っていたぞ」
「千寿郎くん…?そ、そう言われてみれば…!」
「蜜璃さんがお薦めしてくださったのですね。ありがとうございます」

たしかに千寿郎から文が届いて名前と街へ行った日のことを事細かに伝えたと話す甘露寺の奥で名前がゆるりと笑みを浮かべる。男性陣の間に安堵の匂いが漂って、事態は思いがけない形で収束を遂げようとしていたが、今度こそ名前は確実に一つの爆弾を落としてしまう。

「では煉獄さん。参りましょう」
「うむ!こんなところで油を売っていては日が暮れてしまう!」

名前の肩を慣れた手つきで抱く炎柱により、再び産屋敷邸の庭が戦場と化した。行手を阻む柱の面々は鬼も怯む形相。

「む!皆も一緒に行きたいのか?申し訳ないが日を改めてくれ」

禍々しい空気を感じ取った炎柱はやはりそういった面には脳が足りていない。検討外れな返事に手を出す者はもはやいなかった。先程までは手負いの鬼も逃げ出すような形相で、怒髪天を突きっぱなしだった風柱すら。

「煉獄さんも隅におけないですねぇ」
「師範の気持ちは知らなかったけど、なんだかあの2人も素敵だわぁ!」

師範、頑張って…!今にも泣き出しそうな柱たちを背に、蜜璃は密かに両の拳を胸の前で握りしめて目を輝かせた。

2021.01.07
恋柱の苦悩

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