安室さんと銀行強盗

今年の寒波は異様だ。外に出ることすら憚られるような気温の中、少年探偵団御一行と訪れた銀行は年末年始の終わりを待ち構えていた客で溢れている。

「珍しいわね、貴方がついてくるなんて」
「コナンくんは好奇心が旺盛だから」
「過保護なのは貴方より彼の方でしょう」

片割れの姉は先日少年が巻き込まれた誘拐事件をかなり根に持っているし、少年の方は名前を1人で家に置くことを嫌う。特に近頃は彼女に近づく妙な輩が多いので敏感になっているのだろう。家族は財閥の令嬢宅で開かれている新年パーティに赴いていると博士から聞いていた。

「でも、哀ちゃんやみんなに会えて嬉しい。今年もよろしくね」
「…えぇ。こちらこそ」

手袋が外された指先は冷たい。それでも心にじんと暖かさが灯る優しい笑顔だった。こちらに羨望の眼差しを向けている少年ではないが、この友人は今日も死ぬほど可愛い。



名前姉ちゃんは絶対にここを離れないでと物凄いスピードで制圧を食らい、少年探偵団を守るという使命は掲げられる前に音もなく崩れ落ちた。それでも協力することは許してくれるらしい少年の作戦通りことを運べば、確かに強盗犯の姿はどこにもない。

子供たちが爆弾を運んでいる間は歩美ちゃんと共に見張りを頼まれていたが、先ほど意識を奪った男が嫌に気になってもう一度トイレへ走った。そういえば手足の自由は奪えていない。

大きな太鼓が鳴るような音が轟いて地面が揺れる。思っていたより遥かに大きな音に、恐怖から閉じていた目を開けたのは私だけではなかったようだ。





△ ▽ △ ▽





三ヶ日と定休日が重なってポアロは長期の年末年始休みとなった。階上の住人と愛しい恋人に新年の挨拶はもちろんできていなかったが、まさかこんなところで姿を見るとは夢にも思わなかった。昨日届いたメールの返信には留守番をする予定だと書いてあったはずだ。小さなボディガードは優秀で、高貴な男たちの値踏みの対象にならずに済んだのは有り難いが、銀行強盗の人質になるとは訊いていない。

「誰が伸びてるって?」

他の男に身体を触らせるなと今すぐにでも叱ってやりたいところだが、名前の頸はかなりいい角度に決められているし、犯人の身体は異常なまでに近い。今年はまだその魅惑の身体に触れることすらできていないので、任務中に隠すこともなく青筋が走っているのはご愛嬌だ。

「名前…!」
「おっと、そっちから持ってきてくれるたァ有り難い」

本当に、彼女のこととなると周りが見えなくなるのはコナンの悪い癖だ。結果的に犯人へ拳銃を渡してしまった少年は彼女を危険に晒すのが大得意。お陰でこちらは心臓がいくつあっても足りやしない。

「こうなったら籠城作戦だ…この女も地獄の果てまで付き合ってもらうぜ…!」
「コナンくん!名前お姉さんっ!!」

名前は薬を飲まされているのか顔色が悪いし、杜撰な犯行計画の割には少年の両手を手際よくまとめ上げた犯人は、あろうことか飛び道具を愛しい小さな頭に押し付けた。

「餓鬼ども!妙な動きしたらこの姉ちゃんの頭吹っ飛ばすから…なっ?!」

脳天をぶち抜いてやりたい衝動をなんとかやりすごし、内ポケットから取り出した愛銃で肩口を撃つに留めた。独断専行を決め込んでいる今は報道陣が現れる前にこの顔を脱ぎ捨てなくてはならない。余計な血が流れることは願ってもないことだし、警視庁から身柄を掻っ攫うことは朝飯前だ。身体に触れた時点で終身刑は免れない。

カランコロンと薬莢が転がるのと同時に、客の恐怖も蠢く。この騒動に乗じれば、少年に憎き顔を晒す必要もないだろう。

「名前!大丈夫か?!」
「こなんくん…ごめんね、足をひっぱって」
「バーロー…手足纏めてなかったの気付いたんだろ」

身振りも忘れて駆け寄った少年にふらつく身体を抱きとめられる様は実に滑稽だ。細くて小さな身体も小学1年生には支えきれない。本当は自分が真っ先に駆け寄って勇敢な頭をひとつ撫でてやるつもりだった。
安堵の色を浮かべた名前の表情は柔らかく、遠目だが薬の効果もだんだん薄まってきている。

「まさか名前姉ちゃんが、」
「買い被りすぎだよコナンくん…」

腕があるなら見てみたい。アメリカ仕込みだったら0から技術を叩き直す。言ってからそれはないかとかぶりを振った少年が眠りの小五郎だとは誰が信じよう。

「お礼いいたかったな。皆んなのヒーローさんに」
「きっとジョディ先生だと思うけど」

もう数え切れないほど彼女にいろんなものを与えてもらっているけれど、FBIの手柄にされるのならば確かに口付けくらいは貰ってもバチは当たるまい。




長い間付かない既読のマークに痺れを切らして指を滑らせれば、4回目のコール音の後に愛しい返事が耳に届く。こちらも不発だった場合には愛車のキーを手に取るところだった。
心配した旨を伝えれば、しおらしくごめんなさいと返事があって、いよいよ関係性の変化のなさに泣きたくなった。

夕方から今の今まで彼女の部屋のマイクは姉が電話を掛ける声しか拾わなかったので、差し詰め探偵団と共に有名博士の家にでも居たのだろう。隣人が関わっていると訊けば聴取事項がかなり増えることになる。

「キッドキラーが一緒だったのだから仕方ないですよ」
『それでも、まさか全国放送に映るとは…』
「貴方の美貌が全国に知らされてしまうのは惜しいです」
『父のところにも取材が来るみたいで』

それでは当分アルバイト先にも天使の寝床にも寄り付けない。本当は今すぐ抱きしめて傷がないか自分の目で確認しないと気が済まないというのに、薄暗い道を歩いている自分は公の場でスポットライトを浴びることを許されない。

「一緒に映っていた外国人の女性はお知り合いですか?」
『以前、帝丹高校の英語教諭をされていらしたので』
「ほぉ…退職後も日本に居るのは、何か込み入った事情があるのかな?」

姉の方が仲が良かったと話す裏に何を隠しているかまで電話越しには読み取れないが、彼女の声はやけに涼しい。疑心を買わずに踏み入るのは組織に潜入するより困難だ。

「しかし、貴方が無事で本当に良かった。こちらは肝が冷えましたよ」
『コナンくんの活躍がすごかったんです。警部さんも褒めていらっしゃいました』

確かに死人が出なかったのは不幸中の幸いだったし彼の活躍のおかげだ。こちらは機動隊にもう少し踏み込んだ駆け引きをする必要があると喝を入れる必要があるが。民間人の協力がメインとなるようでは面子も丸潰れ。

検挙率に飢えている警視庁であっさり自供した強盗団は、前科も相まって長いお勤めを喰らうこととなった。できれば黙ってもらっていたほうがこちらのエリアで惨い地獄を見せてやれたのに。

「麗しい貴方の頸に触れた罰ですね」
『…コナンくんにもこっぴどく叱られました』

彼女が電話の向こうで息を呑むのを感じた頃にはもう遅い。怒りに身を任せたおかげで余計な口を滑らせてしまった。あの場に安室透は居なかったはずだし、報道でも人質となったとしか言っていない。それに気付かないふりをしているのならばこの少女は相当な悪女だ。ベルモットの弟子になるなんて言い出す日が来たら本気で何処かに閉じ込める必要がある。

『安室さん』

恐らく彼女の中では頼りない捜査官に格下げされた。どんな顔で名を呼んでいるのか、表情を覗くことができないのは惜しいが、耳許で回線を揺らす甘い吐息もまた癖になりそう。愛が屋烏に及んでいる自覚はもちろんある。

『ありがとうございました』
「……自滅行為は控えるように」
『そっくりそのままお返ししますよ』
「貴方と僕ではまず身体の造りが違います。線の細いヒーローでは頼りないでしょう」

くすくす肩を揺らして笑う姿が目に浮かんで、勘のいい彼女の英雄という役職は今後も絶対死守しなくてはならないと空を仰ぐ。FBIにも幼馴染にも、この地位はくれてやるものか。

2021.01.12
安室さんと銀行強盗

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