水柱様、一緒に暖をとりましょう

脳裏にこびりついた憎悪の瞳。その色を向けられることは、既に日常と化してしまった。

「おかえりなさい、冨岡さん」
「……あぁ」

戸口から動くことができない俺を迎えにきた愛しい足音がぴたりと背後で静止する。血生臭さの残る自分の匂いが移って美しい彼女を汚してしまわないかと不安になった。

「外は寒かったでしょう?此方へいらして下さい」

小さな手がぽんと肩を叩く。近寄りたくないという思考は知られることもなく、彼女にしては珍しく強引に手を引かれ居間へとたどり着いた。その手も部屋も、いつもより幾分柔らかくて暖かい。

「炬燵、というらしいのですが…知り合いに西洋の職人さんがいらっしゃいまして、ご好意で作っていただいたんです」
「こたつ…?」

いつも視線の先にあるはずの円卓の代わりと言ってはなんだが、そこには机を覆うようにかぶさった布団…否、机と融合した布団が存在している。これを指差して、彼女が炬燵だと言った。未知の机に興味がそそられないこともないが、これは一体…?確かに、羽屋敷へ脚を運ぶのは半月ぶりであった。

「さぁ、入ってみましょう!実は私もドキドキしてまだ入れることができずにいたものでして…」

彼女に促されるまま、まずは手を入れてみた。
暖かい…。それはまるで名前と共に布団に入っているかのような柔らかい暖かさだ。彼女が血鬼術にかかったあの日を思い出す。

「天板に電気がついているようです。火鉢を入れて暖を取るのが炬燵の常のようですが、それでは脚を伸ばせないので西洋の技術を取りいてれていただきました」

西洋の技術の進歩に驚きつつも、名前に習って義勇はその炬燵とやらに脚を入れる。冷え切った身体が全身名前に包まれているような幸せに抱かれた。

「これは、すごい…」
「冨岡さんに気に入って頂けたようでよかった」

名前が隣で優しい笑みをこぼす。先程までの杞憂が嘘のように、鬼殺に荒んだ心が浄化されてゆく。この笑顔を守ることができるのならば、俺は人殺しと罵られたって構わない。

鬼を倒すことを一般人に仇とされることは常だ。
家族を鬼にされ、訳もわからぬうちに鬼殺隊にその家族を殺される。そこに鬼が居れば頸を斬る。川の水が流れるように、それが俺たち鬼殺隊の仕事だから。今夜も例に倣ってそうだった。鬼と変わった親を斬られた息子が、俺を人殺しと看做して罵倒する。仕方のないことだと分かっていても、心に響かない訳はない。少なくとも俺は鬼ではなく、情の通う人間なのだから。

鬼を殺すことは裏を返せば人を殺すことになるのかと最初こそ頭を悩ませたが、今ではそれが日常だ。どんなに悲しんだところで夜は必ずやってくる。鬼を倒し続ける。それが俺たちの、鬼殺隊の使命だから。

「実は今日、冨岡さんがいらっしゃる気がしていたのですよ。一緒に温まることができてよかった」

名前の顔へ目線を上げる。うっすらと目の下に黒い窪みができていた。こんな早朝まで起きたまま俺の帰りを待っていてくれたのか。人殺しと言われる俺を、こんなに柔らかな笑顔で。義勇はじわりと染みる心に気が付いて潤む視界を炬燵へと滑らせる。右手に名前の優しい体温が重なって、それが炬燵の熱に掻き消されないことを疑問に感じる程心身ともに冷え切っていたのかと漸く気が付いた。

「いつも、私たちの平穏を守ってくださってありがとう」

今日も彼女のそのたった一言に救われる。
誰かにどんなに罵倒されようと、俺には帰る場所がある。それが、鬼殺隊として俺が生きる理由になっている。名前のそばで、その笑顔をずっと見ていたい。

「まずはお風呂にしましょうね。ご飯は鮭大根にしましょうか……お行儀が悪いかも知れませんが、炬燵に入って一緒に食べましょう」

炬燵の中で握られた手が暖かい。冷え切った手先はまるで自身の心を象徴しているようだった。子供に泣きながら人殺しと罵られた記憶が、名前の優しい笑顔へと塗り替えられてゆく。

「名前、有り難う。俺が無事に帰ってこられるのはお前がここに居るからだ」

目を丸く見開いて、鈴が鳴るようにころりと笑う。柔らかいその存在に触れることで漸く人間離れした技で鬼を滅殺する自分がただの人間に戻ってこれたような、そんな感覚に陥った。
大切なものをなくさないように俺はもう強い力を持っている。あの時の非力な自分とはわけが違う。この小さな愛しい命は何に変えても守りたい、今度こそ守り抜いてみせるよ、錆兎。

義勇は名前の腕を引き、たまらずその熱を自身の胸へ抱き寄せる。炬燵の中で、名前の細くて枝のような脚が義勇の脚と糸のように絡まっていた。

「冨岡さんの帰る理由になっているのであれば、私はこの上なく幸せです」

朝日が羽屋敷を照らす。
暖かくて、優しい日の光だった。

20210103
水柱様、一緒に暖をとりましょう

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