水柱様の休日

「名前さん、御免ください!」

遂に、遂にこの日が来た!
善逸は今日という日を待ち侘びて昨夜は一睡もできなかった。久しぶりに運命の人の顔を拝みに来ることができると胸を躍らせていたのだ。

「炭治郎さん、いらっしゃいませ。伊之助くんに善逸さんも。遠くまでご足労いただきありがとうございます」
「いえいえ!名前さんのためならどんな峠も荊道も越えちゃいますよ!!」
「名前、腹減った!なんか食わせろ」

先日蝶屋敷で知り合った名前さんを初めて目にした時は、漸く運命の人に巡り会えたとこれまでにないほど胸が高鳴った。
これまたびっくりすることに人との関わりを持たない伊之助が知り合いである事に加え彼女の屋敷を知っているというものだから、猪の被り物を散々引っ張り回してここへ連れてこさせたのだ。俺を差し置いて彼女と知り合うなんて以ての外。粛正だ。

「名前さん…なんですかこの美味しすぎる飯……!俺、最後の晩餐は絶対名前さんの飯がいい!」
「縁起でもないこと仰らないでください善逸さん。これからはいつでも食べに来てくださいね」
「それは俺がここにこれから先ずっと住んでもいいってことですか?!ヤバい!遠回しに求婚されてる?!」
「うるせぇ紋逸!座って食えよ行儀悪ィな」
「おめえに言われたくないわ猪頭ァ!って、お前、いつの間に箸使えるようになっちゃってんのよぉ!!」

目の前に並んだ料理は全てこの世のものとは思えないほど美味かった。伊之助が餌付けされているのも納得。この人、こんなに綺麗で可愛くて優しくて料理もできて、人間の欠点というものを何かひとつでも持っているのだろうか。完璧すぎてなんだか不安になるなぁと考えていると、自分と同じことを思っているであろう音をさせた炭治郎と目があった。こちらの気持ちを露とも知らず、名前は伊之助の頬についた米粒をペロリと口に運んでいる。善逸は再び雄叫びを上げた。


みんなで膳を下げたり食後のお茶を淹れたりを分担して囲炉裏を囲む。この屋敷では本当に穏やかな時間が流れているなぁ。この後鬼を伐倒しに出掛けることが嘘のように心地よくて暖かい。ここで名前さんの笑顔をずっと見ていたい。善逸はこの時間が惜しくてたまらないと、なんだか泣きそうになって名前の手を握ったまま茶を啜った。


「名前さん。もしかして義勇さんがいらしてますか?」

炭治郎が突然くんくんと鼻を効かせる素振りを見せながら呟くように問うた。名前さんはきょとんと首を傾げ、今にもこぼれ落ちそうなくらい大きくて艶やかな瞳をぱちくりさせている。

「本当に炭治郎さんのお鼻は優秀ですね。皆さんがいらっしゃる少し前に任務からお戻りになられて、今は奥でぐっすりお休みされています」
「えっ、水柱?」

名前さんはその水柱が休んでいると言う部屋の方を指差してくすりとやさしい笑みを溢した。先日炭治郎が街で彼女と水柱の関係を示唆するようなことを言っていたのでなんだか胸の奥がモヤモヤする。まさか、本当にそう言う関係なのか…?ほらもう、俺また泣きそうになってきた。

「それにしても義勇さん…俺たちがこんなに騒いでいたというのに起きる気配はなさそうですね…」
「とてもお疲れの様子でしたから…炭治郎さん、ちょっと覗いていかれますか?」

名前さんは俺の身体からそっと離れ、足音も立てずに部屋を出てた。余計なことをしやがって炭治郎とぶつくさ文句を垂れながらその後をついていくと、彼女は突き当たりの部屋の襖をそろりと開ける。噂の水柱はそこで規則正しい寝息を立て、安心し切ったような表情で眠っていた。

「ね、寝顔かわいいですね…!」
「ふふ、炭治郎さんもそう思うでしょう?」
「そう〜?寝てる間も無愛想じゃんか…」

むすっと機嫌を損ねた顔で本音を零せば名前さんは優しく頭を撫でてくれる。幸せな気分になって、なんだか俺まで眠たくなってきた。外ではチュン太郎がそろそろ任務だと急かすように鳴いている声も聞こえる。

「夢の世界はたった1人の幸せな世界です。深海を自由に泳ぐことも、雲に乗って空を飛ぶことだってできる。こんなに穏やかな表情をされているのですから、もう少しそっとしておいて差し上げましょう」

名前さんから鈴の鳴るような優しい音がする。ああ、この人ってみんなに平等だから自分が特別になりたいって思っちゃうんだなぁ。
善逸は1人、恋敵の多い道を選んでしまった自分に項垂れた。





△ ▽ △ ▽






「名前…」
「冨岡さん。おはようございます」

手を伸ばした先の、柔らかな熱に触れてほっと肩を撫で下ろす。彼女が居ないと思って不安になってしまったのは何故だろう。義勇は欠伸を噛み殺しながら、眠る前よりも軽くなった身体を起こした。

「先ほどまで炭治郎さんたちもいらしてたのですが、ほんの少し前に任務へ向かわれました」
「炭治郎が……そうか」

正直帰ってくれてよかったと義勇は息を吐いた。2人きりの時間を邪魔されたくなかったから。最近ここへ来るときはいつも他の柱が居座っているので独り占めできるのは初めて会ったあの日以来だ。
こちらへ柔らかく微笑む女の腕を引いて、その小さな体をぎゅうと腕の中へ抱きしめる。拒否されないのをいいことに義勇はその熱をさらに強く引き寄せた。

「ご飯にされますか?お湯も沸いておりますが…」
「……もう少し、このままで…」
「はい。承知いたしました」

任務の間からずっと求めていた柔らかな熱に、鈴の鳴る音。自分が自分らしく在る唯一の時間はここに存在する。名前がいる羽屋敷。その空間だけが安らぐことのできる場所である反面、ここにいると自身は貪欲な人間へと成り下がってしまう。
こんなに彼女の近くにいるというのになんだか不安になって少しだけ震えてしまった。いなくならないでほしいと心の中で唱えながら、名前の胸に顔を埋める。

「…任務に関わると聞いた」
「えぇ。宇髄さんが担当されているお仕事に少しだけ…来週から少々屋敷を空ける予定です」
「そうか…頼むから無理はしないでくれ」

任務が開けてここに戻ってくれば彼女がいる。それが不変であると思っていた上、不安は大きかった。また、大切な人を亡くしてしまうような、そんな気がして。

「名前…好きだ」
「冨岡さん。もう少しお休みになりましょう?ずっと、おそばにいますから」

優しく肩を押し返されて、小さな掌に瞼を撫でられ目を閉じる。暖かい。眼差しも、彼女の優しさも、存在も。全てが柔らかく、暖かい。
彼女のことを心の底から愛している。自身が今を生きる理由は彼女に在る。言いたいことは山ほどあるのに、義勇は今日も目を閉じてその熱を肌で感じることしかできない。

「おやすみなさい、冨岡さん」

こんなに幸せを感じていていいのだろうか。崩壊する不安を恐れるより、義勇はその手の先の温もりを求めて再び微睡の中へ意識を手放した。

20201202
水柱様の休日

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