いつも以上に腕を振るった食事が、うまいという言葉とともに目の前の少年の胃袋へ気持ちよく収まる様を朗らかな笑顔で見守る。弟がいたらこんな気持ちになるのだろうなと、彼の口周りについた食べ粕を懐紙で拭った。
「伊之助くん、ご飯はまだまだ沢山あるのでゆっくり食べましょう?そう、箸の持ち方がとってもお上手になりましたね。さすがは伊之助くん」
「フン!あったりめえだ!俺様の手にかかりゃあ、箸の2つや3つ余裕で使い熟せるっつうの!」
おかわり!と差し出された茶碗に炊き立ての白米をこれでもかとよそってやればキラキラと目を輝かせる姿が堪らない。こうして伊之助が毎日のように羽屋敷を訪れるようになったのは、かれこれ5日ほど前こと。
蛇柱邸への2日に渡る出張看病を終え、荷物を抱えて帰路に着いた時、屋敷の近くに四足獣がぐったり倒れていた。急いで駆けつけてみればどうやらそれは人間だったようで、腰から下へ身につけられた衣服はよく見知ったものであった。名前は被り物を取り、息をしていることを確認して肩を撫で下ろす。大きな瑠璃色の綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。
「ぅ…腹、ヘッタ……」
体の傷は極めて軽傷であったが、確かに腹の虫がさっきから五月蝿く鳴いている。名前はくすりと1つ笑みをこぼして、自身より大きなその身体を羽屋敷へと運び大急ぎで米を炊いた。
食事の匂いに誘われて厨へやってきた伊之助と簡単な自己紹介を交わして両手を綺麗に洗わせる。そうしなければご飯はあげませんと伝えると渋々洗面所へ向かってくれるので素直な彼にさらに好感が湧いた。
「うんめぇ!!名前!おかわり!」
「伊之助くん、ご飯は逃げませんのでよく噛んで下さいね。それからお箸を使いましょう」
右手をそっと掴んで箸を握らせる。最初こそ鬱陶しいような表情で私を拒んでいたが、これができたらとっても素敵な男性だと思いますと囁けば掴むコツなどを素直に聞き入れてくれた。必死に2本の箸を使おうとする姿に子供ができたような気分になって心がジンと暖まる。
もう夜も深くなっていたことと、怪我の経過を見るためにも、彼は翌日まで羽屋敷に身を置くこととなった。血のついた被り物も綺麗に洗ってやれば、彼は頬を赤らめて嬉しそうに笑ってくれ、久しぶりに柱以外の人間と交流できた事にも喜びを感じながら名前も眠りについた。
「名前!これやるよ!」
翌朝、目を覚ますと伊之助は既に行動を始めていたらしい。
庭から現れた彼に差し出された左手の中から、ころりと掌へ何かが転がる。
「まぁ、きれいなどんぐり。頂いてよろしいのでしょうか?」
「今日からお前を俺様の子分にしてやる!どんぐりはその証だ!」
フフンと鼻を鳴らす彼の被り物の奥の表情が想像できてくすりと笑ってしまった。礼を述べ、艶めかしいどんぐりを眺めたり朝日に照らして楽しんでいると、居心地の悪そうな伊之助が自身の隣へ腰を下ろす。ずっと胸を張っている彼がモジモジと視線を泳がせている姿は、この1日で初めて目にした。
「それから…その……いろいろ世話になったからな。これもやるよ」
今度は自分の身体に隠すようにして居た右手を差し出される。淡い、青色の小さな花。この色を選ぶのが彼らしいと、ゆるりと頬が綻ぶ。
「スミレ、大好きなお花なんです。とっても綺麗。伊之助くん、ありがとう。またいつでもご飯を食べに来てくださいね、怪我の手当てもしますので」
私の反応に心を良くした彼がぴょんぴょん飛び跳ねる姿に、今日はいい日になるだろうと根拠のない自信が胸を埋め尽くす。
彼もきっと今の柱たちのように誠実な男性になるのだろう。名前は今しがた頂いたスミレを花瓶に挿した。
朝餉をガツガツと食べ、縁側でぐっすりと昼寝を取る欲望に忠実な彼の上半身へそっと毛布をかけ、名前は知人皆に、こんな平凡で幸せな生活が訪れますようにと願って瞳を閉じた。
こうして伊之助は暇さえあれば食事を強請って羽屋敷を訪れるようになったのである。
20201202
伊之助くん、今日の献立は如何しましょう
伊之助のお昼寝中に名前ちゃんは柱合会議の天使争奪の乱に巻き込まれています。
伊之助は起きたら子分だと思っている名前ちゃんが居なかったので、子分が自分の代わりに山へ狩に行っているのではないかと思い込み近くの山を探しに行くも、見当たらず。
長髪の少年と半々羽織の男と傷だらけの男に説教をされながら名前が帰ってきたので、その禍々しい殺気を瞬時に察した伊之助が「子分の窮地は俺様が救う!」と柱に襲い掛かったとか掛からなかったとか。
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