ちょっと皆、僕の邪魔をしないでよ

「義勇さんには名前さんしか居ないと思うんです」

その日、炭治郎は偶然出会った名前を食事に誘い、彼女の付き添いをしていた時透と自身の連れである善逸と共に街で人気の定食屋を訪れていた。
それから自分でもびっくりするほど大きな声を出していると気が付いたのは、四方から酷い恨みの匂いが漂ってきた後。俺はただ、兄弟子の未だ見ぬ笑顔を見たい一心だったというのに。

「ちょっと。何勝手なこと言ってるの炭治郎」
「っっっんとだよ!お前馬鹿じゃないの?!何で名前さんがあんな何考えてるかわかんないやつと勝手に結ばれろとか言っちゃってんの?!本当に馬鹿じゃないの?!」

名前の隣を意地でも譲らなかった時透と、彼女の美しい表情を正面から眺めていた善逸の殺気が一瞬で自身に向く。当の本人はキョトンと首を傾げ、絹のように真っ白い掌に味噌汁を抱えている。

「だって!義勇さん、名前さんには心を開いているんだ!それに、義勇さんの口の周りについた米粒を取る時の名前さんの柔らかい匂いだって…俺は、2人が至極お似合いに見える!」
「だ!か!ら!名前さんは誰の米粒だって優しく取ってくれるに決まってんだろ?!なんなら俺も取ってもらったことあるもんね!名前さん、もう俺と結婚してください」
「2人ともいい加減にしてよ。名前は僕のところに嫁ぐって生まれた時から決まってるんだから」
「お前もいい加減にしろよ!!!」

火花を散らす2人を横目に、名前さんは相変わらず陽だまりのように暖かい笑みを浮かべているし、匂いでも俺の言葉が嬉しいのか嫌だったのか判別することはできない。
お館様に義勇と話をして欲しいと頼まれたものの、一向に心を開いてくれない彼を奮い立たすことができるのは名前しかいないと炭治郎は柄にも無く早い段階で諦めモードだった。

隣でキーキー騒ぐ2人を優しく見守る彼女は、義勇よりも何を考えているのか心を読むのが難しい。
味噌汁をそっと盆に戻した名前の澄み切った瞳が、真っ直ぐに自身を貫く。

「炭治郎さん。冨岡さんが貴方に心を開かれるのは時間の問題でしょう。確かに私は彼を治療し、心身を支えることはできます。ですが、心の中にある蟠りを払拭することは、きっと貴方にしかできないことなのです。だからお館様も貴方にお願いしたのだと思いますよ」

彼女の言葉で、自分は義勇に拒まれることを少し恐れていたのだと気がついた。歩み寄る前に後ずさってどうするのだ。とても恥ずかしい気持ちでいっぱいになって、俯く。
それから、今ならわかる。義勇がこの人を好きになる気持ちが。心を開き、全てを曝け出してしまう気持ちが。

「…そうですよね!俺、やっぱりもう少し義勇さんと話ができるように頑張ります!」
「えぇ。炭治郎さんなら大丈夫。冨岡さんの良き理解者になることができますわ」

俺も頑張るけれど、やっぱり彼女の隣で優しく微笑む義勇を見ていたいと思うのは、弟弟子の我儘になってしまうのだろうか。名前の花のように甘く優しい匂いを肺いっぱいに吸い込んで、炭治郎は勢いよく目の前の食事を平らげた。

名前たちと別れ、日課のように義勇の屋敷へ脚を運ぶ。先程までの不安は嘘のように晴れ、心は淀みなく澄み切っていた。今日はきっと、兄弟子の心に寄り添える気がする。
鼻の奥に残る名前の匂いを感じ、彼女に大丈夫だと頭を撫でられているような気分になって炭治郎は脚を急いだ。





沈みかけた夕陽が名前と無一郎を照らす。
もうすぐ鬼の宴の時間がやってくる。無一郎は最近夜を酷く嫌うようになった。一日中昼が続けば彼女と離れることなく生活できるのに。柱として恥じるべき思考回路に自嘲するも、僕だって男なのだから好きな女性とはできる限り長く一緒にいたい。

「あーあ…せっかく名前と2人で街に出かけられると思ってたのに。炭治郎とあの金髪に邪魔されちゃったよ」
「今は2人きりじゃないですか。また街へ一緒に行ってくださいますか?」
「…名前って本当に狡いよね」

心を見透かしたように微笑まれ、無一郎は口を尖らせたまま、名前の柔らかな手を引いて羽屋敷への道を急いだ。邪魔が入った分、任務まで2人きりを堪能しようと心に決めていたというのに、庭に現れた猪のせいでそれもまた数分後に夢の如く儚く散ってしまう。

翌日、炭治郎から名前のもとへ送られてきた文には、兄弟子と共にざる蕎麦の早食い競争をしたとの報告が記されていた。名前は2人の顔を想い浮かべ、手紙をそっと胸に抱いた。

20201205
ちょっと皆、僕の邪魔をしないでよ

かまぼこ隊と名前さんの初めましては後日書きたいですね〜!

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