蛇柱様、たまには人を頼りましょう

朝からバケツをひっくり返したような雨だった。
昨日の晴天とは打って変わったその天気に、庭に剥き出しだった花壇を急いで家の中へ避難させていると、珍しい客が切ない表情を浮かべてやってきた。雨水が滴る髪を耳に掛けながら、庭からの訪問者をそっと腕に絡ませる。

「鏑丸さん、今日はお一人でいらっしゃったのでしょうか?」

コクコクと首を打つ姿には焦燥が滲む。彼の友人である蛇柱に何か不測の事態でもあったのだろう。

「すぐに向かいましょう」

動きやすい洋装を見に纏い、荷物をまとめて雨の中を飛び出した。
蛇柱邸は他の柱の邸に比べてさほど距離も離れていないため衣服や髪がそこまで濡れずに済んだし、これなら邸にも上げてくれるだろう。




「一体どういう風の吹き回しだ」

足跡も立たずに寝室までやってきた女の姿に目を見張った。
羽屋敷で皆を甲斐甲斐しく世話する天使は濡れた羽を撫でながら枕元に座り込む。

「風邪を引かれているのは貴方です伊黒さん。鏑丸さんが心配なさって私をお呼びくださったのですよ」

熱で自由の効かない重たい身体を起こそうとするも、ゆるりと遮られて布団に溺れた。
外では信じられない量の雨が屋敷を叩きつけている。我が友人を優しい方ですねと褒め讃えるこの女も着替えは済ませたようだが髪の毛が少なからず濡れているし、雨の中自身を心配して身を削ったのは自分も一緒だろうに。

「…勝手にしろ」
「はい。勝手にお世話をさせて頂きます」

むず痒くなって重たい目蓋を重力に従ってそっと閉じる。額を掠めた彼女の柔らかな手が妙に冷たくて心地良く、導かれるように一瞬で意識を手放してしてしまう。


次に目が覚めた頃、地に響くような雨は嘘のような晴天へと変わっていた。優しい陽光が障子を照らしている。
額に乗せられた手拭いは熱った身体をひんやり冷やしており、つい最近まで彼女がこの部屋で看病してくれていたことを物語っていた。枕元には水差しや薬、替えの寝間着が抜かりなく用意されている。
なんだか温かい気分になっているとトントンと襖が揺れ、部屋の中に眩い光が注ぎ込まれる。その奥から名前が優しい笑顔を携えて現れるのを目にして、まるで天使のようだと陳腐な言葉がぽろりと出そうになって漸く、自身が高い熱に犯されていることに気が付いた。

「ご気分は如何ですか」
「…さっきよりはマシだ。世話を焼かせてしまったことは申し訳ないが、君も忙しいだろう。雨も止んだことだし俺に構わず帰れ」
「もう少しお側に居させてください。鏑丸さんも心細いでしょうし」

今も尚彼女の首へ居心地が良さそうに巻きつく友人の姿に、反抗の言葉は浮かばなかった。
これは前々から感じて居たことだが、彼女は貞操観念というものがまるで形をなしていない。医者という人につきっきりの仕事をしているせいなのだろうか、周りの柱達が彼女の身を心配するのも無理はない。好いている女性が他の男と夜を共にして居れば、例えそこに過ちがなかったとしてもいい気にはならない。ましてやそれをこの女に言ったところで全く意味はないので強行手段に出る時透にも頷けてしまう。

「お粥を作ってまいりました。食欲が無くても少量でいいので胃に入れましょう」

名前に支えられながら身体を起こすも思う様に力が入らず、気を抜くと再び布団の中へ倒れ込んでしまいそうになった。透かさず彼女がその柔らかな身体を自身の背凭れの代わりになるよう移動させる。
背後から上半身いっぱいに心地の良い熱が広がった。

「これくらい自分で…」
「遠慮なさらないで下さい。病気は人に頼ることで早く治るものですから」

きっと食事の際、自身の口許を晒すことに抵抗がある俺への細やかな気遣いなのだろう。どこまでもむず痒くてたまらない女だと、伊黒は頭を抱えたくなる衝動をどうにか抑え込んで大人しく名前に身体を預けた。
どうやら本格的に体調が悪い。いつもならぽんぽんと口をつく小言がひとつも浮かばないし、彼女がそばにいることに酷く安堵している自分がここにいる。
匙にすくった粥を冷ますための吐息が耳に掠って、妙な気分になったことはできればこの高い熱とともに忘れてしまいたい。伊黒は背後で浮かべているであろう名前の柔らかい笑顔を想像しては自身の熱がさらに上がってゆくのを感じ、今後熱を出した際には大人しく蝶屋敷の世話になろうと1人誓った。





1週間後、すっかり元気になった伊黒が柱合会議に集まると、やたらデカくて派手な男がまるで良き友人であるかのように肩を組んできた。他人に対する許容範囲が狭い伊黒は隠すことなく眉間に皺を寄せる。

「おい伊黒。お前派手に風邪引いて皆んなの名前チャンに泊まり込みで世話して貰ったらしいじゃないの」
「…誰から聞いたんだ。そしてそれを知っているのならばまずは俺の身体を心配しろ」
「俺の情報網を侮っちゃァいけねぇぜ?」

何かやましいことでもあったんじゃねえんだろうなと肩を突かれ虫唾が走る。自身への労いはすっかり無視されたことに青筋が立ちそうになったので、他の柱たちにも聞こえるよう自分にしては声を大きく出していたと思うし、正直少しだけ話も盛ってみた。
単に、散り積もったストレスを発散したかっただけだと言い聞かせて。

「フン。身体を拭かれ、粥をフーフーと冷ましながら口に運ばれと、当たり前のことをして貰ったまでだ。彼女がどうしてもというので2日泊まらせてやったが、隣で寝ると言って聞かなくてな。不本意ではあったが床を共にしてやった。全く、名前も世話焼きな女だ」

2人の会話に聞き耳を立てていた風柱と霞柱がピキピキと音を立てながら蛇柱へ食って掛かってくるのは言うまでもなく、今回は珍しく水柱までもが2人に加勢したという。
慌てて羽屋敷へやってきた蜜璃に連れられた名前が声を荒げて止めに入るまで、4人の乱闘は終わりを迎えることはなかった。
元凶である宇髄天元はこれを、醜い柱達による天使争奪の乱と名付け、妻に語り継いでいる。

「こうなったら伊黒、3対1で殺り合うぞォ」
「いいねー!俺はこういう派手なヤツを期待してたのよ!」
「宇髄さん、そうやって煽るのやめてください…不死川さんも!隊立違反になりますから…って時透さんに冨岡さん?!真剣は本当にダメ!伊黒さんも挑発に乗らないのっ」

そうして賑やかな日々が過ぎ、蛇柱からひっきりなしに贈られてくる御礼の品の数々を前に、名前は柱たちに加減というものを教える必要があると頭を抱えた。

20201202
蛇柱様、たまには人を頼りましょう

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