風柱様、喧嘩はお控えくださいね

「不死川さん、こんばんは」
「相変わらず元気そうなツラだなァ」

今夜、自身の警備地区は平穏そのものだった。数日前に大暴れを起こした下弦の鬼が討伐され、人は愚か鬼の姿も見えなくなってしまった。
幸い、警備地区内の藤の家に世話になっている上級隊士が多かったため、今日は早々に切り上げ休息せよとの命を受け、文字通り羽を休めに来たというわけで。

ひょいと小さな掌に土産を置けば、ずっと目にしたかった優しい表情が此方を向いていた。なんだか居た堪れなくなって、鼻を掻きながら踵を返そうとすると聴こえてくる、心地よい鈴の音色。

「せっかく久方ぶりにお会いできたのですから、ゆっくりなさっていってください。丁度湯も湧いたところです」

俺はつくづくこの笑顔に弱い。
流れるように風呂場へ連れて行かれ、火照った身体を冷ましながら向かった居間から聴こえる僅かな話し声。耳を傾け、チッと舌を打って進めば名前と同じくらいの背丈の餓鬼が死んだ魚のような目で此方を振り返った。

「ふーん…今日は不死川さんもいるんだ」
「…んだよクソ餓鬼、俺がいたら悪いってのかァ?」
「ねぇ名前。膝枕」
「無視してんじゃねェ!」

まるで子供と母親だと、実弥は心底つまらなそうに2人の近すぎる距離を引き離す。負けじと名前にひっつく時透に堪忍袋の尾が切れ、鬼の形相で稽古場へと向かった。右の脇には霞柱を抱えながら。

「不死川さんって意外と嫉妬深いんだね」
「次口開いたら本気で殺すゾォ」



お互いに技を出しまくって出しまくって、互いに折れた木刀が30を越えた頃、時透の鴉が鳴いた。名前に手出さないでよと舌を見せ出て行った餓鬼の生意気な面を思い出しては刀を振る。庭に置かれた打ち込み台は既に形を保つことができないほど崩れていた。これはもう一度風呂を借りる必要がある。

「不死川さん、そろそろ一休みされませんか」
「…時透はァ」
「つい先程立たれました。急いで終えて来るとの事だそうです」

名前の鈴の鳴るような声が夜空へと消えて行く。それがどうも惜しいことのように感じてしまったのを隠すよう、ふかふかの手拭いを受け取った。
それから、羽根のように柔く儚い存在の横に腰を下ろす。

「おめェもあんまり甘やかすなよ。あの餓鬼、際限効かなくなってんだろォ」
「日頃鬼を滅して下さっている皆様の御願いは叶えて差し上げたいのです」

私にできることはそのくらいしかございませんので。と名前は寂しげに笑う。その言葉の裏を知りたいと願うのはきっと、俺だけではない。
長い付き合いである彼女の弱みも悲しみも、俺たちは皆、何も知らない。何度も救われてばかりで、返せたことなど何もない。
寄り添う事すらできないと言うのか、そんなの俺は御免だ。

「ちげェよ」
「え…?」
「俺たちの願いは、アンタに無理してほしくねェって事だ。みんなが何つってるかは知らねェけど、オメェは誰にも弱ってるところを見せねェだろ。少なくとも俺は味方だ、たまには頼れェ」

名前はその澄み切った瞳を大きく見開き、それからいつものように、花みたく頬を綻ばせた。そうだ、この笑顔を守るために、俺は毎日鬼を狩っているのだ。
鬼と無縁な世界で幸せに暮らしてほしいと願う、数少ない大切な人だから。

「不死川さんはお優しいですね」

優しいのはアンタだろ。実弥は言葉にならない感情を、名前が持ってきたおはぎと一緒に飲み込む。

甘ったるくて、優しい味がした。


翌朝、人の気配で目覚めた実弥が名前の部屋へ長髪の子供が潜り込んでいくのを目撃し、緊急の柱稽古が始まることなんて夢にも見ず、実弥は羽屋敷で安らかな寝息を立てた。

20201202
風柱様、喧嘩はお控えくださいね

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