蟲柱様、お友達が増えました

羽屋敷の地理はとても良好だった。
柱の憩いの地ということもあり、邸は不思議な力で守られているため、隠の多くもその場所を知る事はない。
そんな彼女も蝶屋敷の人々とは少なからず親交がある。

「名前さん!いらしてくださったんですね!」
「お元気そうで安心です〜!」
「私たちみんな、名前さんにとっても会いたかったんですよ〜!」

小さな三人娘に手を引かれ、名前は久方ぶりに蝶屋敷を訪れた。
那田蜘蛛山の一件は未だに蝶屋敷を慌しい渦に巻き込んでいるらしい。

「名前さん。お呼び立てして申し訳ありません。今日はよろしくお願いいたします」
「いつだってお呼び下さいしのぶさん。今日は精一杯お力添えさせていただきます」

しのぶは名前の姿を目にし、ほっと肩を撫で下ろした。
怪我人の看病、自身の任務を両立する日々に正直なところ身体は悲鳴を上げていた。黄色の頭の患者は特にいうことを聞かないので。

手際良く患者の世話を進めてゆく彼女の優しくて暖かい空気が、鬼殺隊という殺伐とした組織を明るく照らしてゆく
。隊士の安心しきった寝顔を見届けてから、溜まりに溜まった自身の仕事に手を付けた。





「しのぶさん、お茶が入りました。一休みしましょう」
「名前さん」

煎茶のやさしい香りが鼻腔をくすぐった。
此処には上質なものなどないはずなのに、彼女が淹れるととても美味しいお茶になるときよたちが感動していたのを思い出した。

「ここは賑やかで楽しいですね」
「竈門くんたちが来てから、あの子たちも楽しそうで」

この世の何も傷つけることのない笑顔が蝶屋敷を照らす。
優しい太陽のように皆を見守る彼女が、たまらなく好きだ。

彼女が持つ医学の知識は自身のそれを上回るし、名前は人の痒いところをかくのがとかくうまい。
そして彼女のその人柄が何より好きだった。名前の纏う、柔らかい陽だまりのような空気に触れると肩に乗っていた荷物を全て解かれてしまうような、そんな感覚に陥ってしまう。それがとても心地いい反面、怖くもあった。
彼女に会うたびに、気丈に振る舞うことが叶わなくなるほど縋りたくなってしまう。

「しのぶさん。羽屋敷で何名か隊士の方をお預かりしましょうか」

それから人の瞳の奥を覗くのがとても上手い。
屋敷の誰にも気付かれない疲れは、彼女にはいとも簡単に見抜かれてしまう。包み込まれた右手が、まるで羽毛布団のように柔らかい。

「偶には私をお頼り下さい。蝶屋敷の子供たちも、あなたを心配しています」

ひとつひとつ、彼女の紡ぐ言葉がじんわり心に染み渡る。それは私の黒く荒んだ感情を綺麗な白へと塗り替える魔法をかけられているようだった。

「あなたの優しくて強い心を、私はいつだって尊敬しております。しのぶさん、あなたに救われた隊士は皆、生き生きと任務へ復帰している。恩人であるあなたが体調を崩せばその隊士たちが自分を責めてしまいます。それに、睡眠不足はお肌の大敵ですよ」

姉が居なくなってからこの人に何度助けられたか分からない。彼女はいつも鈴の音のような優しい声と、独り占めにしてしまいたくなるような暖かい眼差しで救いの手を差し伸べてくれる。
孤独という、底のない沼から、いつだって。

「…では、お言葉に甘えさせていただきます。3名ほど、隊士のお世話をお願いできますか」
「喜んで。しのぶさんの治療を無駄にしないよう頑張りますね」

鬼を殺すことのない彼女はいつだって私たちに感謝と敬意を忘れない。それでも私は、鬼を殺すことが鬼殺隊の全てでないことを知っている。少なくとも、我々柱9人は彼女を心の底から愛し、その存在を守る事に命すらかけることができる。
それくらい、私達にとって大切な存在。

「名前さん、いつもありがとう」

零れそうな瞳をさらに丸くしてから、ひだまりのように柔らかく頬を綻ばせた名前の表情が、大好きな姉の笑顔と重なった。





△ ▽ △ ▽





「御免下さい。苗字様、御在宅でしょうか」
「はーい」

謎に包まれた屋敷を前に、後藤はごくりと息を呑む。
胡蝶様は人使いが荒いし、先日の柱合会議で柱の怖さを改めて実感したので、また恐ろしい人と関わらなくてはならないのかと泣きたくなっていたそのとき、柔らかな鈴の音が木霊した。

「こんにちは。遠いところまでご苦労様です」
「……いえ、とんでもございません。仰せつかっている3名の隊士を連れて参りました」

広い屋敷の主人の姿を目にして、一瞬息をすることを忘れた。この世に産まれて23年、こんなに美しい女性を目にしたのは今日という日が初めてだった。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、お三方はこちらへお願いいたします」

導かれるまま2階へ上がり、背中に乗せた新人隊士を寝台へ転がす。移動前に施した目隠しや耳栓を取ってやれば、この穏やかな空間を劈くような声が響いた。
頭痛くなるから本当黙ってくれ…。

「な、な、なに?!ここどこ?!えっ?えっ?えっ…?名前さん?!まじ?!えっ?これ夢?!そうだったら最高の夢なんですけどおおお!」
「五月蝿いぞ善逸!怪我人なんだから大人しくしろ!」
「名前、腹減った!なんか食わせろ」

どうやら知り合いらしい3人の新人隊士に、苗字様は天使のような笑顔で話しかけている。
本当にこれ、我妻の言う通り微笑まれただけで怪我なんて完治できちまうんじゃねえの?と思うくらい、向けられた笑顔が眩しい。

「隠の皆さまもよろしければお茶を飲んで行って下さい。頂き物のとても美味しい御茶菓子があるんですよ」

ひとりで頂くには勿体無くて、と微笑まれて仕舞えばお暇する理由はない。ここに着いてからというものの、居心地が良すぎて帰りたくないと身体は疼きまくっている。
2人の先輩隠と共に、俺は頭巾の中で鼻の下を伸ばしながら茶の間へ向かい、ゆっくりと流れる時間を楽しんだ。





「お邪魔致しました。何か問題等ございましたら隊士の鴉をお使いください。お茶まで頂き、有り難うございました」
「こちらこそ引き止めてしまい申し訳ありません…。あ、それから後藤さん」

後ろ髪を引かれる思いで屋敷の玄関まで足を進めたその時、澄み切った2つの瞳が俺を捉える。
真っ白な美しい手を差し出され、掌に小さな容器を握らされたと気付いたのは惜しくも名前の口許が自身の耳から離れていった後。

「右脚に使ってください。すぐによくなると思います」
「!、あ、ありがとうございます…!」
「またいつでもいらして下さい。どうか、ご武運を」

一部始終を目撃して居たらしい金髪の騒ぐ声なんてちっとも気にならない。鈴の鳴る音が、ただただ脳を埋め尽くす。
隠という身分の自分をもこうして隊士と同じように扱ってくれるだなんて。よもや感極まりすぎて涙を堪えるのに必死だった。


畜生。アイツら3人とも、本気で羨ましいぜ…こんな最高の場所で療養生活送れるなんてよ…!

名前から貰った塗り薬によって腫れも痛みも引いた脚で山を駆け下りながら、炭治郎たちの迎えを頼まれることを心の底から願った。

20201202
蟲柱様、お友達が増えました

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