安室さんの泥沼愛に足を突っ込むお話

どうして恋に落ちた時、ひとはそれをちゃんと恋だと把握できるのだろうと、ずっと不思議に思っていた。ひとりの少女に出会うまでは。

初秋の雨が齎す風に揺れる、淡いワンピースを追えば、雨の杞憂を忘れるほど優しい笑顔を向けられて再確認する。自分はこの笑顔を守るために警察官になったのだと。


「こんなところでお会いできるなんて思っていませんでした」
「此処は知識の倉庫。新書も良いですが、図書館の方が宝探しをしている気分になって好きですよ」

帝丹高校が開校記念日で休みだという情報は競馬新聞を片手にポアロを訪れた父親から聞いていたし、休日の朝は図書館に赴くのが日課だというのも宇宙の技術で把握済み。ぶっちゃけたところ、図書館なんて訪れるのは高校生以来。少女が来ているという情報がなければ当分寄り付かなかった。

「へぇ。名前さんはミステリーがお好きなんですか」
「知り合いに薦められたんです。彼が持っている本は洋書だったのでこちらに…安室さんみたいに推理はできないんですけどね」

ぺろりと舌を出す少女に思わず鼻の下が伸びる。それにしてもそんないけ好かない男が側にいるというのは初耳だし、知り合いと称することから同級生のクラスメイトとは思えない。数ヶ月行動を共にしても、一体どこのどいつにまでジェラシーを抱けばいいのか、未だに検討もつかない。

「では、一緒にミステリー映画でも観ましょうか。嬉しいことに僕は今日1日予定がないんですよ。せっかくの休み、雨のせいで台無しにするのは勿体無い。名前さんがもし僕と居たくないというのなら引き下がりますが…」
「…引き下がる気ないですよね」
「やっと僕のことわかってきてくれました?嬉しいなぁ」
「誰にでもそういうことを言ってるんでしょう?」

それに安室透が女癖の悪い若者だというレッテルをいまだに貼り続けている。こんなにあからさまな態度を取り続けることができるのは相手次第だということにどうして気付いてくれない。

「名前さん。僕はね、ハニートラップを使わずとも吐かせられるんですよ。これでも情報屋なので脅迫や肉弾戦は得意分野でして」
「ハニー、トラップ…?」

これはしくじった。
少女が余りにも可愛く首を傾げるから、物騒な言葉が飛び交う中で今自分が引っかかってるこれですとは口が裂けても教えられない。





少女を言葉にするのはとても難しいが、18世紀の英国で言えば、きっとあの女性と称されたアイリーンアドラーそのものだ。
この世の男という男全てを悩殺するし、世界中何処を探したってこんなに美しい女はまたといない。こうして本を読んで静かに暮らして、外の世界のことなんて本当は何1つ知って欲しくない。

「すみません…気の利いた物がなに1つありませんね。こっちに連れてきたのは失敗でした」
「えっ…」
「やはり移動しましょう。安室の家だったら多少の食料もあります」
「…本当のおうちだったんですね」

偽りの姿で少女の時間を貰いたくないが故、つい此方へ連れて来てしまったが、主要家具以外ほとんどなにもないし、きっと米花町から遠のいたことを気にかけているだろう。
キーを取り、上着に手を掛けたその上に重ねられた小さな手。辿ってみれば信じられないほど弱々しい腕が確かにそこに存在している。

「せっかくのお休みなんでしょう?貴方が少しでも寛げる方に私も居させていただけませんか?」
「………敵いませんね」

細腰を引いて、腕の中に閉じ込めたと同時に、耳元でどっちの名前を呼んでいいのか問われたので好きな方を選ばせた。少しの沈黙の後、消え入りそうに数字が返ってきて、ベッドルームだけはしっかり家具を揃えていてよかったと心底思う。

「安室透といる時間の方が長いから、てっきりそっちを呼ばれるかと思っていました」
「安室さんも降谷さんも、同じ人ですよ」
「もう、名前で呼んでくれないのか」
「……」
「名前」

鉄壁に守られたこの家の中ですら盗聴器を危惧する少女が健気で、愛しくて、堪らない。
大きな黒目が左右に揺れ、困ったように此方を見上げた。その可愛さに観念して身体を解放してやれば、くたりと壁に凭れ掛かって息を吐く。

「映画を観るって……」
「先に煽ったのは名前の方だからね」

強引な駆け引きが漸く功を成してきた。
目が合うたびに顔を紅く染め、急に抱きしめても抵抗がない。少女はそれに無自覚だが、そろそろ自覚して距離を詰めてきてほしい。
職業柄、恋人を作ることは大変だが、できないこともない。それに、誰かに奪われるくらいなら、俺が命懸けで守ると決めている。もう、どんな手を使ってでも守りたいと思える女はこの世に1人しかいない。
やはり少し強引なやり方の方が自分にあっている。

「名前、愛してる。本当はこのままここに閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない」
「もぅ……誰にでもそうい…っ!んんっ、」

俯いた顔を救い上げ、力を込めて唇を奪う。
挑戦的な視線が交わり、少女の眉がみるみるうちに下がってゆく。

「俺が今もこの先も、命を削って愛を伝えたいと思うのはお前だけだよ。名前のことを思うと夜も眠れない」
「ふ、るやさ…」
「こんなに人を愛したのも、誰かを欲しいと思ったのも初めてなんだ」

柄にもなく声が少し上擦った。告白するのはこれが初めてではない、前にも似たようなことを言った。
壁から引き剥がした小さな身体がぎこちなく此方に寄り掛かる。いつもよりも熱い身体を通して、速い心音が伝わった。どちらのものかはわからなかった。

「わたしの方が、敵いません…」

胸の辺りをキュッと掴まれ、そこに自分の心臓があることを久しぶりに実感する。

「本気で受け取ってもいいのか?」
「……二回も言わせないでください…」

その後はもう、いつも以上にがむしゃらに抱き寄せて無我夢中に唇を重ねた。まったくこちらは数え切れないほど愛を伝えたというのに、いい歳をして恋人同士という、甘い響きなんかに酔いしれる。

「覚えてないなんて言わせないからな」
「こんなことされなくても、忘れません」

全身を真っ赤に染めて可愛く反抗してくるのが可笑しくて、暫く組織のことも本職のことも忘れてこの幸せに浸っていた。
少女と過ごす時間は驚くほど経過が早いから、"この少女"が"あの女性"になるのもそう遠くない未来に訪れるだろう。

2019.09.23
安室さんの泥沼愛に足を突っ込むお話

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