安室さんと沖矢さんと黒き13の暗示

※時系列がしっちゃかめっちゃかです



土曜補習の校内は人が疎らなのに、なんだか外がいつもより騒がしい。キャーキャー女の子達の黄色い声が聞こえたと思ったら、掃除中のチリやホコリを舞い上げてクラスメイトの御令嬢が走ってきた。ガシッと両肩を掴まれて、天地が白黒に揺れている。

「アンタ、いつの間に昴さんとそういう関係になったわけ?!な〜〜んにも聞いてないんだけど!」
「えっ、なんのはなし、そのこちゃ」
「惚けたって無駄よ。この園子様の耳でちゃ〜んと聞いてきたんだから!」

先程まで次のテストの山を私にも教えてくれと泣き目で頼んできた友人とは別人にみえた。だれがいつそんなことを、成績が芳しくない彼女の顎の先を辿って窓を覗けば、明るい髪色の大学院生がヒラヒラ此方に向かって手を振っている。
土曜日に学校があることは伝えていないし、おそらく姉がいる日を避けた。一体どこから情報を入手しているのか、震えるような返答がありそうなので当分聞くのはよした方がいい。
それよりも、女子高生がたいそう興味をそそるような嘘をつくのは如何なものか。


「学業に勤しむ貴方の姿が見たくなりまして」


平均的に考えても、彼との会話ではキャッチボールがうまくいかない。迎えを頼んだ覚えもなければ、約束をした覚えもなかった。丁寧な言葉遣いや可愛らしい小さな車は、確かに赤井秀一を180°回転させている。

「夕飯の買い出しにご同行頂きたい。貴方の作るシチューの味が忘れられないんです」
「この季節に、シチュー……」
「生憎、煮込み料理くらいしかレパートリーもないので」

尤もらしい理由も、この取ってつけたような笑顔を前にすれば全てが嘘に聞こえて仕方ない。奥で翠の瞳が有無を言わせないよう覗いてる。

「是非、他の手料理も貴方に伝授していただきたい。名前さん」

助手席へといざなう、不規則に歪んだ手を解くことができない私もまた、ひどく彼に甘い節がある。





* * * *






電子化が進むこのご時世には遅れた作戦を企てた強盗犯は全員逮捕された。不謹慎なのは百も承知だが、非常に陳腐な事件だと、流し目で映像を眺めていた。画面に見知った顔を捉えるまでは。

「本当は何をしにいくんですか?」
「趣味の悪いコスプレを暴きたくてね」

あの銀行強盗には名前も巻き込まれたし、確かに命の危機だった。話を聞こうにも、あの日から体調を崩したと少年から聞いていたし、学校を休んだ分の補習があるのも把握していた。

非正規に犯罪捜査をしている亡霊が公共の面前で拳銃を撃つはずがないと瞬時に判断できる高校生は、世界中を探してもこの娘と行方不明の探偵くらい。ジョディやキャメルも少しは見習うべき。

「それにしてもよく冷静でいてくれたな。坊やが驚いていたよ」
「久しぶりにお見掛けする姿でしたし、それに、赤井さんよりも身長が高かった気がしたから」




休日の米花百貨店は思ったよりも賑わっていた。野郎がこの女を見る目全てを潰したくなって幾分強い力で肩を抱けば、苦しいほど少女のシャンプーの香りが鼻をついた。匂いだけで身元がわかってしまうのでシャンプーはできれば変えてほしい。必要とあらば此方が用意するし、1から10まで面倒を見てやれる計画はもう随分前から実行に移す準備ができている。それにしても妙にデパート全体が騒がしい。

「何か事件でしょうか…フロアが閉鎖されているようですね」
「もしかしたら、家族が絡んでいます。今日は依頼があって此処に来ると言っていましたから」
「ほぉ…坊やがいれば安心かな?」

機動隊や爆発物処理班が見えた。もし窓辺から捉えたドイツ産の気障な車が関与しているなんてことになれば、今すぐ此処から名前を連れ出すべきだが、派手な行動は取れない。四方を末端が見張っている。

制服姿は生脚が目に毒だと買ったばかりの服や帽子を渡せば、全身黒い服になるかと思ったなんて可愛い言葉が返ってきた。揃いのものが欲しいならいつだって買い与えてやるのに。




少女が化粧室に行ってから事件は動いた。
毛利小五郎が奇怪な声をあげて座り込んだのを見届け、目当ての人間も巻き込まれているのも確認した。やはり此方の気配に瞬時に気付く点から組織の人間と見て間違いない。未だに待ち合わせ場所に現れない少女が一斉に出口へと向かう客に巻き込まれてスコープの中へと入って行ったら溜まったものではない。先回りして待ち構えていれば、亡霊を追いかける同僚の姿。こちらも無視せずにはいられない。






* * * *







声を荒げたスナイパーと通りの奥にポルシェを確認し、地下の駐車場へと走った。この作戦に乗ってくれた女も珍しく現場に足を運んでいたのでこの後ライフルを向けられる恐れはないだろう。
愛車に乗り込む前に反吐が出そうなほど憎い顔を脱ぎ捨てる。商品券を配るなんてデマが流れたおかげで駐車場には全く人気がなかった。嫌に静まった世界で小さな足が迷ったように音を立てる。

「ごめんなさい…みんなが一斉にお店の中に戻ってきて……はい、駐車場は人も疎らなので地下で待ってます」

確かに家族がいるのは見かけた。あの探偵が頓珍漢なことを言い始めてメールも送った。しかしこの少女は居なかったはずだし、今の電話が同行者なら身内ではない。


「あ、むろさん…?」
「こんにちは名前さん。お一人ですか?」
「家族と逸れてしまって……」
「それは大変だ。僕がご自宅までお送りしましょうか?上には戻るに戻れないでしょうし、僕はポアロに用事がありますから」
「ここで待ち合わせをしているので大丈夫です。安室さんはお買いものですか?」
「えぇ。マスターに頼まれて新しい食器を買いに。それにしても、今日も素敵なお洋服ですね。その帽子もとても似合ってます」

いつも通り可憐なのに、なんだか虫唾が走る容姿だった。今日は学校があると聞いていたので時間的にも制服を着ていないのはおかしい。
この少女は件の銀行であの男の姿を見ても本当に知らない様な態度を取っていた。不審な点も見当たらないはずなのに、何処か違和感を感じるのは気のせいか。

「名前さん。赤井秀一という人間を知っていますか?」

この少女は何かを知っている。それは明確な事実だ。変に落ち着いた性格、キレる頭を赤井が見逃す訳がないし、あの少年も異常な愛で方をする割に危険な現場へとこの子を連れ出す。少女が周りの人間を売る様な性格でないことは百も承知だが、そちら側の肩を持たれている様な気分で非常に腹正しい。いつだって自分の事を考えていて欲しいのに。

「友人のお兄さんの名前と同じです。亡くなったと聞きました」
「…そうですか」
「名前さん」

全く気配を感じなかった。ピンク色の髪の毛の男が名前の肩をゆるりと抱く。前にも似た感覚を味わったことがある、妙な胸騒ぎ。一体名前とどんな関係にある。

「蘭さんが探していましたよ。私の車で帰ると話してあるのでそろそろ出ましょう」
「え、えぇ…。では安室さん。失礼します」
「…また米花町でお会いしましょう、名前さん」

此方と目も合わせずに発進させた車が愛しい少女と共に消える。赤い車というのも当てつけか。

近い距離にいる様で非常に遠い存在。知らない部分がありすぎてもどかしい気持ちは膨らむ一方。父や姉から聞いた話では恋人がいる様子は見当たらないし、喫茶店の同僚は自分と少女の未来を応援してくれている。少女にしてきた強引な行為を知られればあっさり掌を返されるだろうが。

「手に入れてみせますよ…貴方も、奴に関する真実もね…」

ひとまず明日は探偵事務所に差し入れを持って赴こう。家族の信頼を得た方が手っ取り早いし、人の心を操る術には自信がある。唯一それに引っかかってくれない少女の顔を思い描き、舌舐めずりをした。

2019.06.21
沖矢さんと黒き13の暗示

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