「元気そうだな」
「あ、かいさん…?」
1年ぶりの再会だった。美しい天の川のようだった長髪は何かを振り切ったよう短髪へと変わっていたし、あの時よりも濃く刻まれた隈は、まるで彼の5年間の責任や後悔を物語っているようで酷く痛々しい。
「名前。逢いたかったよ、ずっと」
アメリカを騒がせた日本人の通り魔から救おうと手を差し伸べてくれた男は、幼馴染や父の弟子が追っている組織の中でも確固たる地位を築こうとしていた。彼がビュロウから来た裏切り者だと判明し、突然日本から姿を消したあの日から、5年もの月日が経過したのか。相も変わらず気障ったらしい言葉を並べるこの男は、まるで過去に囚われ閉鎖された空間を生きてきた悪役のよう。
「もうアメリカはいいんですか、ライさん」
「その名はとっくに捨てたさ。守るべき女は此処にいるからな」
くつくつ喉を鳴らす笑い方はいつまで経っても変わらない。嘘をつくのが下手くそな大人。過去に犯したあの女性への罪を償えず、消化しきれない思いをきっと私に重ねている。
「お前に逢いに戻ってきたんだ。暫くはこっちで過ごす予定だよ」
冷たい大きな手が頭を撫でる。同じように冷めた彼のグリーンの瞳が熱を持って私を見つめるから、黙って彼の後をついて行ったし、この男の胸を蝕むその罪が、私の体に少しでも移りますようにと願ってその手を握り返した。
結論から言って、少女の家族は非常に厄介だった。姉は初対面の男に回し蹴りをお見舞いする育ちの悪さ、その趣旨を伝えていなかったあの少年は人脈こそ素晴らしいが配慮という言葉を知らない。父は麻酔薬を注入され過ぎてそろそろ身体に異常が出始める頃だろうが、1年経過しても気付かないなんて今後の事務所の運営が非常に心配だ。疑ってかかるのが稼業だろうに。
「沖矢さん。お茶が淹りましたよ」
「おや。今日はイングリッシュブレックファストですか」
「さすがシャーロキアンですね」
それに比べてこの娘はどうだ。ふわりと浮かんだ天使のようなその笑顔だけで世界を救える。一家の善を1人で担ぎ、神に愛された見た目と性格で幾多の男を恋の渦へと誘ってきた。そのくせ17年間彼氏がいないというのだから、やはりあの高校生探偵には頭が上がらない。
「名前さん、いつになったら此処に引っ越してきてくれるんですか?この家、広くて夜は意外と寂しいんですよ」
「新ちゃんに怒られますよっ、貴方の家じゃないでしょう」
「誰だって好きな人には常にそばにいて欲しい」
ソファに小さな肢体を沈めれば、せめてもの抵抗なのか少女の手が首を晒そうと伸びる。そこを暴かれれば最後、いろんな人間の血が飛び散る。もちろん此方を涙目で睨むこの少女の美しい赤も。
「名前。一緒にアメリカに行かないか。向こうならお前に自由と幸せを存分に与えられる」
「日本に居たって十分いろんなものをいただいてますよ」
もうあの時みたいに、愛する女を失うのはごめんだ。この小さな手はいつまで自分を繋ぎ止めてくれるのか。世間的には死んでいる危険な男に愛想を尽かすのも時間の問題、年相応の甘酸っぱい恋愛を経験したいはず。少女のことになると驚くほど余裕がない。
瞬きをやめた大きな瞳が優しく揺れる。人を傷けることを知らない少女の優しい言葉に何度も救われてきた。会ったことがない母はよっぽど教育に長けていたか、両親が反面教師となったか。後者がおそらく有力な説だろう。
「何処に居るかより誰と一緒に居られるか、でしょう?どんな姿でも赤井さんは赤井さんです」
「…俺の負けだよ」
完敗だった。思いっきり背後から腕の中に閉じ込めれば、控えめに手を添える少女が愛しくて苦しい。自分の中にまだこんなに熱いものが残っていたのか。どうやら本当に図太い神経を持って生まれたらしい。
「好きだ、ずっとそばに居てくれ」
「赤井さんがいてくれる限りは消えませんよ」
少女の整い過ぎた目鼻口が此方を向いて、頬を柔らかい物が掠った。身代わりに抱かれているとでも思っているのか。それなら何度だって優しく抱いてやるし、分かるまで軟禁したっていい。
将来潰れるであろう実家からは早急に連れ出してやるから安心して此方のエリアへ身を移動すべきだと、いつまでも居場所に拘る自分に自嘲した。
2019.06.17
赤井さんと日本生活
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