安室さんと純黒その4

キールと呼ばれた元アナウンサーが撃たれた時は、正直、声を抑えるのが精一杯だった。

好奇心旺盛な少年や、潜入捜査官と探偵のダブルフェイスを持つ彼と行動を共にするようになってからこれまで、何度か危険な事件にも巻き込まれた。
おかげで免疫がついた、わけもなく、銃がこちらを向いてもいないのに脚が竦む。

同時に、彼がこんな状況下で生活する仕事を選んだことに、何故だか泣きたくなった。


何があっても自分の命を優先するという約束のもと、ライフルバックを背負った男の新しい愛車に乗り込んだときは驚いた。生きていることを隠している割には派手な車を使っている。

「着いてくるのはお前の勝手だが、彼は君がここに来ることを望んではいないぞ」
「はい。…でも、知っててなにも出来ない辛さを、赤井さんもご存知かと」
「…フッ、君が奴等に捕まりでもしたら、俺は安室くんに即殺されるが、な」
「赤井さんの邪魔は絶対にしません」

口が裂けても言えないが、この組織のボスのお気に入りの女性に好かれている自覚はある。さっきもNOCと疑われる彼と関わることを必死に止められた。



「最後に1分だけ猶予をやる。先に相手を売った方にだけ拝ませてやろう……ネズミのくたばるサマをな…」

安室さんは会う度に言う。貴方がどんな危機に陥っても、僕が必ず助け出します。そんな口約束を守ることができる男は世界中どこを探しても彼だけだし、事実、何度か命も救われた。

震える手を包み込んでくれた彼を、失いたくない。彼はネズミではない。ましてや、犯罪組織に命を奪われるような男でもない。ダイヤモンドカットダイヤモンドという言葉を、最近知った。もう一つのダイヤモンドは工藤邸に住む男だと推理している。


ガタイの良い男のカウントダウンが時間の経過を刻々と知らせる。30秒が経過した頃、数メートル後方でライフルを構えるビュローの亡霊から作戦変更の合図。残りのプランは最悪の事態を想定したそれしかない。

「…まずは貴様だ、バーボン!」

それから、長髪の男の頭上からライトが落ちてくるのは永遠に感じられたし、心臓は五月蝿く胸を叩いていて、他の音が聞こえない。彼の大きな手にピッキングクリップを掴ませることができたかどうかも定かではなかったが、触れた指先が驚くほど熱かった。誰かが大きな声で彼のコードネームを叫んでいる。


次に生きていると感じることができたのは、柔らかなミルクティーブラウンの髪の毛に乱暴に顔を押さえつけられている時だった。
長髪の男はベルモットを連れ、水平対向エンジンの車で潮風を切っていく。


「……っ、なにをやってるんだ!!死ぬかもしれなかったんだぞ…!!」
「あ、あの、あむろさ、」
「俺がどんな思いでお前の体温を感じだと思ってる!!」

血筋が浮かんだ手が、両頬を覆う。何度も角度を変えて重なる彼の唇からは、逃れようにも上手く動けない。割って入ってきた舌が異常に熱くて眩暈がした。自分の脳内も狂気に侵されかけている。

「自滅行為は今後一切辞めてくれ。お前が居なくなったことを想像しただけで俺は平然じゃ居られなくなる」
「……善処、します、」
「その減らず口は塞げという合図ですか」

大きな両手に頭を掴まれたと思ったのも束の間、勢い任せに彼の唇が口を塞いだ。もう何度目かもわからないそれは、酷いほどに甘く、切なく、そして熱い。
名前を呼んでこないのはきっと、何かを危惧しているのだろう。苦しいほどに彼が生きていることを実感できて、漸く肩の力が抜けた。

「君がここに来なくたって僕は逃げられましたし、自分の蹴りくらい自分で付けられます」
「はい、わかっています、」

それでもじっとしていられなくて。最後の方の言葉はもう、聞かずに全部口の中に吸い込んだ。そうでもしなければ、緩む口許を隠せなかっただろうし、上手く隠せたかどうかも危うい。ただの近所の喫茶店のアルバイトを命がけで助ける女は、他にいない。

あの暗闇でライトを的確に撃ち落とせるのはこの日本で奴しかいない。どういう経緯で少女がここにきたかなんて大体検討はつくし、それが無性に腹立だしくて、今は目を瞑って心地いい体温を堪能する。正直、あの忌々しい高速道路で彼女を見たときはもう、この温度にありつけないと思っていた。



いつもと口調が違うだとか、そもそもこんなことをする関係じゃないとぷっくり頬を膨らます可愛い生き物の膝の裏に手を入れて、愛車の助手席にそっと降ろす。出会った頃に比べて本当に色んな感情を見せてくれるようになった、たまには窮地に立つのも悪くない。

「部下からの連絡でご家族の居場所が判りました。これから貴方をそこまで連れて行きます」
「安室さんは、どうするおつもりなんですか」
「愛する女性に救って頂いた命、そう簡単には落としませんよ」

言わずもがな、キールの回収はこの愛しい女子高生をこんなところに送り込んだFBIがやるだろう。俺の日本で勝手なことをするのは今回限りにしろ、クソニット帽。次にあったらタダでは置かない。

「せっかく会いに来て下さった貴方から離れるのは非常に惜しいですが…全てが終わったら、今日の御礼をさせてください。何かリクエストはありますか?」
「 …ハムサンドをご馳走して頂きたいです、」
「それは嬉しい提案だ」

またひとつ、頬に口づけを落とせば、少女がたちまちリンゴのように赤くなる。年相応にませていないところもまたこちらの欲を煽る材料であることを、時間をかけてでも教えなくてはならない。

「またこの夕陽を一緒に観られるよう、頑張らなくてはなりませんね」
「安室さんなら、きっとみんなを救うことができますね」

あそこに向かう前に、この愛しい笑顔を見ることができてよかった。

俺はお前と日本を守るために生まれてきた。

2018.05.20
安室さんと純黒04

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