安室さんと純黒その3

「みつけたわ、ジン」

小さな機械音と共に、聞きなれない男の声が漏れて耳に届いた。この辺じゃそういう機械を作る人は阿笠博士だけだと思って居たけど、どうやら他にもすごい人がいるらしい。いまだってあの女性を瞬時に見つけられる、みたこともない機械を彼女は慣れた手つきで使っている。

「東都水族館よ。えぇ、安心して。すぐに連れて帰るわ」

危険な目に遭う度に命懸けで守ってくれる人が私の周りには沢山いる。最近は特に増えて、なんども命を救われた。彼女もそのうちの1人で大切な人。だけど。

「さあ、いくわよangel。とっとと片付けて帰りましょう」
「……はい」

例の組織の人間として口の端を吊り上げる彼女の表情だけはどうしても好きになれない。今までも、きっとこれからも、ずっと。


頭に大きな帽子を被せられ、ベルモットの後をひよこの如くちょこちょことついて行く。ピンヒールを一直線に前へと進めて行く後ろ姿は本当に何度でも見惚れてしまうほど美しい。絶対に来世は彼女のようなスタイルと美貌を獲得したい。

「シャロン……」
「えぇ。そうね…どうしましょうか」

何故こうもあの少年たちは犯罪と関わってしまうのだろう。きっとこの台詞はわたしが言えたことではないのだろうけど、偶然見つけた彼等は親しげにあの銀髪の女性と行動を共にしていた。貴方はここにいなさいと、ベルモットが私の手を離す。自然な動きで彼等に近づくその動きが先ほど私の前で人々の視線を奪っていた女性とは大違いだった。

「……名前………?」
「、こなん、くん…」

目を見開いた眼鏡の少年と茶髪の少女がこちらに駆け寄ってくる音がする。
ねえベルモット、私ここからどうしたらいいんだろう。絶妙なタイミングでうまくこの少年を撒くことができる彼女を羨ましく思ったのも束の間、私の意識が地に落ちた。

私こそ、本当に都合のいいずるい女。



* * * *




幼い頃から、目が覚める時に最初に機能するのは嗅覚だった。朝食の匂い、誰かの服の匂い、家の匂い。睡眠を取るときはいつだって安心する匂いに包まれている筈なのに、今日は違う。ツンと鼻に突き刺さるこの匂いは、きっと。

「…名前おねえさん!」
「オイ、大丈夫か?ねーちゃん」
「2人とも、声が大きいですよっ」

視界に移った5人の子供の顔が心配を孕んで歪んでいる。消毒の匂いと、無臭のベッドに、白衣の男の人。医療機関にかかるたびに、お姉ちゃんの体力と気力を何度羨んだことか。小学校の遠足は一度しか参加できなかった。

「みんな、心配かけてごめんね。せっかくの休日なのに」
「おそらく夏風邪でしょう。最近急に気温が上がってきましたから」
「小五郎のおじさんがもうすぐ迎えにきてくれるよ。僕と一緒に帰ろう名前ねえちゃん」

繋がれた手の温度は、いつも1番に私を心配してくれた幼馴染と一緒だった。小さくなったって、頼れるところはなに一つ変わらない。コクリと頷いた私へ複雑な視線を送る少年に気付かないふりをして、気怠さから逃れるように目を閉じた。

数十分後、どの少年少女たちよりも大きな声を上げてお父さんが医務室へと到着した。娘よりも依頼人らしい女性を心配するのだから、本当にどうしようもない男だと笑ってしまう。もちろん、このあとお父さんは沢山私を心配してくれたし、昨日連絡もせず家に帰らなかったことはちょっぴり叱られてしまった。タクシーに乗った瞬間にいびきをかいて眠ってしまったけど。

私が倒れた後、あの銀髪の女性は発作を起こして警察病院へと運ばれたと言う。記憶喪失も患っていると聞いて自分の運がどれだけ良かったのか痛感した。ベルモットに見つけてもらっていなければ、今頃どうなっていたかわからない。

なぜ警察病院にと聞かなかった私がいけなかったということは、少年の瞳が疑念を持って私に向けられていることを察した時に気がついた。もう、言い逃れることも嘘をつくともできない。

「名前ねーちゃん。そろそろ昨日何があったのか聞いてもいい?」

こういう時、小学1年生の武器を使うのは彼の悪いくせ。私がそれに弱いことを知った上で彼は小さな手を私のそれに重ねた。
視界を水分が侵食し始めている。

「……ノックは…スタウト、アクアビット、リースリング……あなたが気にしていたキールと……バーボン……」
「っ、どうして…」
「銀髪の女性のスマホが見えたの、だれかに、そうメールを……」
「あの人はやっぱり組織の…」
「ねえ、はやく、あの人に連絡して…おねがい……っ、」

ベルモットの前では冷静にいなくてはいけなかった。彼が潜入捜査官だということは口が裂けたってバレてはいけない。崩壊寸前だった心が声を上げて泣いている。指の間から零れ落ちた涙が夕べの東京湾を脳裏に蘇らせた。





* * * *






「そう捲し立てるな。君が泣いたところで彼が窮地に立たされていることに変わりはない」

本当に気の利いた言葉をかけることができない男だと江戸川コナンはニット帽を携えた男を前にして小さな手で顔を覆った。博士に例のスマートフォンの修復を頼んでいる間、彼が名前の聴取をすると言っていたが、慰めることくらいできただろうに。こういうところは安室を見習うべきだといつか絶対に喝を入れてやる。

「しかし、君が見た通りの文章が送られているのであれば、まだ希望はある。キールと彼はまだ容疑者の段階だからな」

いつ見ても、赤く腫れた名前の瞳を見るのは辛いものがある。それでいて、その涙が自分ではない男のために流れているのだと考えると心臓が苦しくなった。きっとそれは目の前のFBI捜査官も一緒。しかしそんな彼から驚くような台詞が発せられる。

「名前。俺と一緒に来る覚悟はあるか?」

堰を切ったように流れていた彼女の美しすぎる涙がピタリと止まる。本当に今日のこの男はどうかしている。彼女を危険に晒すような真似は絶対に避けてきたのに。

「ちょっと赤井さん、名前ねーちゃんも連れて行くつもり?僕は認められないよ」

名前のことになるとつい声を荒げてしまう。今朝灰原に注意されたばかりだと言うのに、自分も本当に学ばない。おかげで彼女の様子を捉えることに遅れを取ってしまった。感情的になると碌なことがない。

「赤井さん。私、あの人を失いたくない」

こうなってしまったらもう何を言っても聞かないということは17年間の付き合いから嫌という程わかってしまう。
赤井さんの切なさを孕んだ笑みを視界に捉えたと同時に、博士からスマホの解析が終わったと連絡が届いた。
話し合っている暇はない。2人の命が失われようとしているのだから。

2017.10.08
安室さんと純黒03

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