次のポラリスを君と

ーー絶対に壊してしまうから。だから、俺はお前を…。

いつもと何ら変わらない朝だった。
カーテンの隙間から射し込む自然本来のライトを浴びて目を覚まし、寝ている間に乱れた布団を口許まで手繰り寄せる。再びシルクの中へ舞い戻ってからゆっくりと頭を覚醒させ、瞼の上の鉛を解きほぐす。そう。新調したばかりのこのふかふかな布団に顔を埋めるまで、何ら変わりはなかったのに。

「………え…?」

すぐ隣から聞こえた、自分ではない唸り声に、全身の細胞が収縮した。目を覚ましたと同時に生じた妙な体の痛みは昨日の酒のせいか。それともーー。

「……ん………ふる、やさん……はよーございます…」

何故だ。何故お前がここにいる。自分の真横で寝転びながら重たそうな瞼を擦る女を前にして、俺は歴史上に名を連ねた武士の銅像のように四肢を固めた。サッと自分の姿を目で確認すれば、何故かボクサーパンツ一枚だけで、彼女の方は布団から顔だけをひょっこりと出しているからよくわからない。んぅ、と小さく声を漏らしながら天に伸ばされた、彼女の白く細い腕が目に毒だ。それだけで最悪の展開が簡単に想像できてしまう。

「ふるやさん…?」
「あ、あぁ…おはよう……」

黙り込んでいた俺を不審そうに覗き込んだ彼女の表情はいつもと至って変わらない。きょとんと首を傾げながら、名前は相変わらずこちらの様子を伺っている。不覚にもそんな彼女に愛おしいという感情を抱いてしまったことは許して欲しい。

「…くっ、ふふふ」
「え」

大きな2つのビー玉が弧を描いて、不安の色を隠しきれない俺を、ガッチリ捕らえた。彼女に面を食らった情けない男は、その場から動くことができない。昨夜起こった来葉峠と工藤邸での対峙なんて簡単に忘れてしまうほど、降谷は動揺していた。

「降谷さんって、酔っ払うと記憶飛ばしちゃうタイプなんですね」
「なっ……!」

いたずらに口許を歪めた女は愉快だと言わんばかりに、腕と変わらない程細く伸びた脚を、寝室の空気へと晒した。力を入れたら簡単に折れてしまいそうなそれを目にして、ごくりと固唾を飲まずにはいられない。

「名前…」
「くふふふ……なーんちゃって」

そんな顔しないでくださいよと言いながら、彼女は俺と自分の身体に被さっていた白いシルクをベッドフレームから落とす。どくりと心臓が飛び跳ねたが、同時に露わになった彼女の身体には、薄手のキャミソールとショートパンツが纏ってあった。乱れた形跡は、全くない。

「まあ、昨日は色々ありましたからね…。あのニット帽の愚痴をつまみにお酒が進んでしまったのも仕方ないですけど。降谷さん。犯罪組織に潜入している捜査官としての自覚が足りてないようですね」
「…面目ない……」

赤井との一件で上層部にこっ酷く叱られた後、名前と一緒に酒屋に入った事は覚えている。彼女の話によると、どうやら俺は日本酒12合を1人で煽って泥酔したらしい。彼女は過去の会話から、降谷零の自宅を推理してここまで運んできてくれたようだ。我ながら優秀な部下を持ったと思う。しかしその反面で、そんなバカな、と、自分の愚行を信じられない自分がいるのも確かだ。それに気づいた彼女の真っ直ぐな視線が俺を貫く。どうやらフィクションではないらしい。

「でもまぁ……降谷さんになら抱かれてもいいって覚悟できたんですけどね」
「なっ?!」
「今日、驚いてばっかり」

クスクスと口に手を当てて小さく笑う女が愛らしい。そんな冗談も言えるようになったのかと漏らせば、名前の表情が艶を持つ。そう見えてしまうのは俺のエゴだろうか。彼女に歯も立たず、安室透になるタイミングを逃してしまった。彼ならきっと、形勢逆転して彼女を自分の懐へと丸め込むことができるのだろう。不器用な自分に舌を巻く。

「…絶対、他の奴には言ってくれるなよ」

名前の薄色の目玉を、今度は降谷のグレーが引き寄せる。彼女の瞳に映る自分の顔が、酷く赤い気がする。俺の顔が近づくと、真っ白い肌を紅く染める女が漸くその大きな瞳を揺らした。あぁ、自分の肌が褐色で、本当に良かった。
小さな唇に、自分のそれが髪の毛1本分の距離を詰める。熱い息が籠っているであろうその唇の奥に、今すぐにでも舌を突っ込んでやりたい。一緒に任務についていた頃から、何度そう思って来たことか。

「名前。俺はお前を……」

さっきまで、あんなに余裕たっぷりだった私は水の泡となって消えてしまったようだ。まるで麻薬のような降谷さんの吐息が私の肢体を頂点へと誘う。クリーム色の髪の毛から覗くグレーはやはり、彼にしか似合わない。

"絶対に優しく抱いてやれない"

2度目に聞いたそれは、1度目よりも破壊力を持って私の鼓膜を揺らした。昨晩のことなのに、彼はきっと。いや、絶対に覚えていないだろう。酒のまどろみの中で告われたあの言葉は、なかったことにしてあげてもいいですよ、降谷さん。
クスリ、一人声を漏らした名前に、そんな生意気な顔をしていられるのも今のうちだと言わんばかりに降谷が跨る。
彼女の甘い泣き声が、夜まで響いて止まらなかった。



短編「次のポラリスを君と」
title by しるかぎりのことばを
2017.07.06

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