閉じ込めたがりシンドローム

失態だ。この僕としたことが。まさかこんな女に惹かれているとはーー。

「降谷さーん、そこ、退いてくれないと殴りますよ。てか、射撃しますよ」

FBI捜査官、苗字名前。あの赤井と共にこの日本へズカズカと入り込んできた気の強い女。さらに生意気な性格を兼ね備えた図太い奴である。

「…君たちのような礼儀のない奴らに」
「日本での捜査を認められるわけがないだろう、でしょ。もう耳にタコができるくらい聞きましたよそんな言葉」
「最後まで聞け」

眉間にしわを寄せる彼女を前に、降谷は溜息を吐く。その溜息は彼女に向けて出たものでは無い。まさか、こんな図々しい女に気持ちが傾いている自分がいるなんて、全くの誤算だ。
こうなるきっかけとなったのは、あの雨の日の夜。降谷が組織のバーボンとしてベルモットを彼女の住処であるホテルへ送り届けた夜の帰りのことだった。予報にもなかった急激なにわか雨。まさか傘を持っているわけもなく、ウィンドウを打ち付ける大粒の雫を彼はじっと睨みつける。家の駐車場が地下にあることは唯一の救いではあったが、彼のそんな想いは一瞬にして崩れ落ちた。その日は地下へと続く坂の途中に設置されたシャッターの点検日。23時からは車を出し入れすることができない日であることを走行中に思い出したのだ。

「ったく…」

目頭を押さえて、降谷は溜息を吐く。こんなについていな日は生まれて初めてだ。連日の疲れからなのか、降谷の頭はうまく回らない。まずは駐車場を探すことが先決だった。自宅のそばにコインパーキングのような施設が無いことをここまで恨む日が来るとは。ようやく見つけたパーキングは米花町の離れに設置された小さなカフェの隣。独特な雰囲気を醸し出すそのカフェは、どうやら夜はバーになるらしい。もしかしたらここで時間を潰している間に雨が止むかもしれない。雨宿りも兼ね、疲れた身体を癒やすためにも、降谷は扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

耳に響いた心地の良い低い声。カウンターの奥に佇むダンディなその男に促され、カウンター席に腰をかければ、ふんわりと甘い香りが匂ってそちらに目を向けた。

「ねぇ、マスター…」
「名前様。今日はこのくらいにしておいた方がよろしいかと」
「ん…」

カウンターの、一番奥の席。長い髪を乱れさせた女は酒に溺れかけ、涙を滲ませた瞳を困りげにこちらへ向けた。どくり。心臓が熱く音を立てたのを感じる。降谷はハッと我に返って酒を頼む。かしこまりましたというマスターの声が、昂る自分の熱を和らげた。
しかし、なぜか気になるその女。そしてそのひとつひとつの仕草から目が離れない。初めて会った時から降谷は彼女に毒されていた。

「…なにみてんのよ」
「…はぁ……」
「ちょっと。人の顔見て溜息吐くなんて、貴方の方が礼儀がなってないじゃない」

あの日から3ヶ月が経った今。その気持ちが冷めるわけもなく、こんな女への熱はどんどん増していくばかり。彼女がFBIだと分かっても、あの赤井の部下であることが分かっても、それでも引き下がることはできなかった。公安の敵であるFBIの女を好きになるだなんて、日本組織の一員失格である。
そんな、人の苦労も知らない目の前の女が酷く憎らしく、同時に愛おしくてたまらない。苦しむほどに腕の中へと抱きしめ、やめてと嘆願するほどに唇を重ねてやりたい。独占欲は、自制が効かないほど自分の身体を侵食していた。

「ねえ降谷さん、組織の情報」
「お前にそんなこと教えるわけがないだろ」
「ケチ!」

ぷうっと膨らんだその頬に、そっと手を伸ばそうと腕を差し出す。きょとんとこちらを向く彼女の視線を、ずっと独り占めしていたい。ずっと、自分だけをその瞳に写していてほしい。そこまで考えて、降谷は腕を自分の元へと戻した。
まだ、君に触れるには時が早い。これからどんな策を立てて彼女を自分のものにするか、降谷は口元に綺麗な弧を描きながら考え始める。
降谷零。警視庁警備局警備企画課の潜入捜査官。どんな手を使ってでも、敵は倒す。それが彼のやり方。
ーーあんな女に、負けていられるか。

「名前さん。良ければこれから僕とドライブに行きませんか?」
「え…なに、なに企んでるの……」
「いいから来い。お前に拒否権はない」

犬猿の仲だという周りの言葉は2人の関係を表すにはちょうど良かった。しかし、それを心地良く感じている自分がいるのも確か。2人が肩を並べ、幸せそうに微笑みあうのもそう遠くないような気がする。一連の流れを見ていた赤井はそっと目を閉じて、部下の幸せを願った。



短編「閉じ込めたがりシンドローム」
title by PASSPORT
2016.12.26

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