「だから、私の部屋に入るなって言ったでしょう?あなた、日本語が通じないの?」
「仕方ありませんよ、僕は貴方の監視役なんですから」
しっかりと閉めて行ったはずだった部屋の鍵も、帰って来ればピッキングされた跡があり、部屋の中が少し片付いている。悪びれるそぶりも、隠すそぶりも見せない彼の態度にさらに私のイライラが募っていく。
「それに名前の部屋も僕のおかげで片付く。一石二鳥だ」
「頼んでないし。それに、そんなに汚れてないでしょう。そして何勝手に名前で呼んでるのよ」
「僕はあなたの監視役ですから」
「なんでもそれで片付けられると思ったら大間違いよ」
彼は本当に頭の回転が速い。何を言っても言葉が返ってきてしまい、自分の頭の悪さを痛感させられる。むすーっと不機嫌を露わにする私に、余裕の笑みを浮かべる彼。私は、そんな安室さんの足を思いっきり踏んづけて洗面所へと向かった。意打ちの出来事に、あの余裕に満ち溢れた顔が痛みに歪んだのを見て幾分機嫌が良くなったのは、おとといのことだった。
* * * *
「…本当、やってらんないわ………」
自分のデスクになだれ込みながら呟いた言葉は、1課の忙しない部屋の空気へと溶けていく。家に帰ってもストレスが溜まっていくばかりで、ここ最近は自分の時間を設けられるのがこの警視庁での時間のみ。仕事が息抜きだなんて、我ながらかわいそうな女である。
「あら、名前。どうしたの?浮かない顔して」
元気いっぱいの笑みを浮かべながら私の隣に座ったのは一課のマドンナ、佐藤美和子。男でもできた?なんてニヤニヤしながら言ってくる美和子と、そんな彼女の言葉に顔が引きつる私。
ーーあ、これ間違いなく誤解されるやつだ。
「うそ!!?彼氏できたの?!」
「できてないわよ…美和子、声でかい」
ごめんごめん。なんて、苦笑しながら声を小さくする美和子。彼女の声によって集められた視線に、私はため息を吐いた。
「……で、どうなの?できたの?」
「…できるものなら欲しいわよ」
私にも彼氏がいたら、あの男は家に住んで監視をするなんて言わなかったかもしれない。
そんなことを考えてしまったら、自分の恋愛経験の薄っぺらさにいらだちが募る。まぁ、そんな相手がいたら、ジンに撃たれてあっちの世界へと送られてしまいそうだけど。
「佐藤さん!名前さん!米花町で殺人事件があったみたいなんですけど…」
慌ててやってきた千葉くんに、すぐに行くと返事をして、私たちも現場へ行く準備を始める。表に回されているであろう千葉君の車に向かう途中、美和子が思い出したかのように口を開いた。
「まぁ性格は置いといて、貴方は顔もスタイルもいいんだから、そのうちいい出会いがあるわよ」
さ、行きましょ。そう言って歩き始めた美和子のハツラツとした笑顔を見て、あんなやつのこと考えるのはやめよう。という結論に至った私は、性格は置いといてってどういうことよ。なんて言いながら美和子の後を追いかけた。
*
3.まぼろしを誘い込んだ手の平
title by ジャベリン
2016.01.26
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