ばちばちと、男女の間に火花が散る。そこにいた全員が、またかと、苦笑いを漏らした。彼女の言葉を聞いた男はニヤリと口許を歪ませ、声を返す。
「用があるからわざわざ出向いてるんだろう?そんなことも予測できないだなんて、君の捜査の腕は相変わらず大したことなさそうだな」
「あんたらがいるお陰で捜査が進まないんじゃない!いい加減気付きなさいよ!」
今にも俺に襲いかかろうとする彼女。「苗字さん!落ち着いてください!」叫んだ彼女の部下が顔を青くしながら、彼女の身体を抑える。彼女の言う通り、天下の公安様はこんなことに首を突っ込んでいられるほど暇ではないのだ。
「この事件は公安で引き取らせてもらう。君たちは大人しく庁に戻ってデスクワークでもしていてくれ」
「私に理由もなしに引き下がれって言いたいの?」
降谷の前を仁王立ちで塞ぐ名前。溜め息を吐いた降谷だったが、その表情はすぐにその場を楽しんでいるような顔付きに変わる。同時に再開された言い合い。現場の指揮者である警部が来るまで、2人に決着がつくことはなかった。
* * *
デスクの上に置かれた写真を見て、降谷はそんな遠い日の出来事をぼんやりと思い出していた。
とうとう、残ったのは自分だけになってしまった。共に組織へ潜入した彼。爆弾事件に巻き込まれた松田。事故で亡くなった伊達。ーーそして、記憶に新しい、彼女の殉職の文字。
もうあの言い合いができないだなんて。もうあのキンキンと響く怒鳴り声が聞こえないだなんて。むすっと頬を膨らました顔を見れないなんて。いつ、誰が想像した?なぜ想像しなくてはいけなくなったのかーー
「…本当にお前は、捜査の腕がないんだよ」
こんな皮肉に、言葉を返してくれる相手がいない。警察学校時代からずっと、数えきれないほどの憎まれ口を叩いて来たというのに。
「一体どこにいるんだ…」
遺体が見つかっていない限り、俺はお前の死を絶対に認めない。必ず見つけ出して、ぐうの音も出ないほどに怒鳴りつけて、一から刑事を叩き込ませてやる。
「降谷さん。苗字名前の件で新たな情報が…」
「本当か?!」
不審な点ばかりを残して消えた君。これはお前からの挑戦状だと受け取ってやる。だから俺がお前を見つけたときには、俺の言うことを泣き叫ぶまで聞いてもらおう。
「名前。必ずお前を助けてやるから」
組織の潜入、毛利探偵の調査、赤井の死の真相、そして、彼女の行方。全てを丸裸にして、化けの皮を暴いてやる。それに、降谷は名前のことを心の底から信じている。俺にあれだけ突っかかってくる女だ、ただ者であるわけがない。だから、降谷は彼女が殉職しただなんて信じられるわけがなかったのだ。自分に一言もなしに、あの世に逝ってしまうようなバカではないと、わかっていた。
「君はそんなに簡単に、死ねるような女じゃないだろ?」
誰もいないオフィスに、降谷の声が優しく響く。彼女がいつもの喧嘩口調でほしい言葉を返してくれたような気がして、彼は口許に弧を描いた。
*
短編「さみしくないのと聞かれてもさ」
title by しるかぎりのことばを
2016.12.07
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