ライクザシー・ライクザスカイ

その日、安室と名前は、静岡県の白浜を訪れていた。名前が仕事を休まなすぎたことを目暮警部が心配して、1週間の休暇を取らされたので、それを利用して安室がサプライズとして彼女をそこへ連れてきていたのだ。1泊2日のこの旅行は、以前、彼女がテレビの海水浴特集を見ていた時に行きたいと言っていた場所。彼女の追っていた事件が解決したら行こうと言っていた旅行である。本当はもっと大きな旅行を計画していたが彼女が飛行機嫌いだということを聞いたので、とりあえず彼女のリクエストに答えたプチ旅行を実現することができたのだ。お互いの気持ちが通じ合ってからこうしてどこかに出かけるのはこれが初めて。名前は、テレビで見たのと同じ真っ白な広い砂浜の奥に広がる大海原を前にして、目をキラキラと輝かせている。

「すごい…。私、こんなに綺麗な海見たの初めて…」
「前にきみが行きたいって言ってただろ?」
「覚えててくれたのね。嬉しい」
「僕はきみの水着姿が見れれば十分だからね」
「…それが目当てだったのね」

ジロッと目を向ければヘラッと笑う彼。どおりで絶対水着を忘れないようにと1週間前から念を押されていたわけだ。毎日耳にタコができるほど言われていたので、先日園子ちゃんと蘭ちゃんに付き合ってもらって、新しいのを買ったけど。でも、こうして自分が行きたいと思っていたところに連れてきてもらえるのはとっても嬉しかった。

「さて。まずはチェックインだね。海はそれからまた来ようか」
「えぇ。日焼け止め塗らなきゃ」
「背中は僕がぬって」
「結構よ。自分でやるわ」

私がそう遮れば、むっとした顔をする彼。ふふっと私が笑えば、彼は私の手を取って、後ろに止めておいた車へと戻った。高台を出て、海から少し車を走らせると、その海を一望にできる、大きなホテルに到着した。エントランスで車を降り、ホテルマンに車のキーと荷物を預け、フロントへと向かう。名前は座ってて、という安室の言葉に従って、ロビーのソファーに座ると、さすが高級ホテル。ふわふわのそれが私の身体にフィットして、気を抜けばすぐにでも眠ってしまいそうだ。行きたかった白浜、高級ホテル、美味しい海の幸、そしてだいすきな(認めたくないけど)彼。最高すぎる状況に終始にやけが止まらない名前は、安室が部屋の鍵を持ってこちらに来たのを見て、ぴょんっとソファから起き上がりる。そして、普段なら絶対にしない、自分の腕を安室の腕と絡めるという恋人らしい行為を自ら行った。それにびっくりした様子の安室だったが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、彼女の歩幅に合わせながら30階の部屋へ繋がるエスカレーターに乗り込んだ。

「わぁ…素敵…」

部屋に入ると、大きな窓から見える、さっきまで間近で見ていた白い浜、碧い海。海の碧は、空の蒼と混ざり、何処までも続いているように思えるほど広く感じる。
窓に手をあて、身を乗り出すように外を眺めていれば、背後から声をかけられる。

「気に入ったかい?」
「えぇ、とっても。安室さん、連れてきてくれてありがとう」
「…旅行中は零って呼んで」
「ふふっ。子供みたい」

ちょこっと、顔だけを後ろに向ければ、さっきと同じ、ムスッとした顔の零さんが見えて、私はまた笑みをこぼす。着替えておいで、という零さんの言葉に従い、私は荷物を持って洗面所に入った。蘭ちゃんと園子ちゃんに一緒に選んでもらった水着は、シンプルな白のホルターネックタイプのビキニ。パンツは両腰の紐で止めるタイプの、所謂紐パンってやつだけど、まあ26歳の私には丁度いいだろうということで2人にこれを勧められたのだ。
ーーあの子達、無理やり制服を着せてきた癖に、こういう時だけは歳を出してくるんだから。
背中の紐、首の後ろの紐、両腰の紐、の順番に結んで、胸をキュッ、と、真ん中によせれば、いつもよりもセクシーな姿の自分が鏡に写る。
ーーうん、かわいい。
最後に家で巻いてきた栗色の髪を少し整えて、日焼け止めを塗ればもう完璧。名前は安室の待つベッドルームに続くドアを開け、零さん、と、目に入った安室の後ろ姿に声をかけた。

「…よく似合ってるよ、名前」
「ん、ありがとう」

振り向いて私を見た瞬間、彼が耳を赤くさせたのを私は見逃さなかった。だけど気づかないふりをして彼に微笑めば、零さんは私の肩にグレーのパーカーを被せた。私はそれに首を傾げる。

「…虫除けだよ。君は僕のものだからね」
「虫…?それに、ものって…。じゃあ零さんも私のもの?」
「当たり前。さあ、行こうか」

鍵と、タオルやレジャーシートの入ったカバンを持った零さんは、左手で私の右手を掴むと、優しく私をエスコートをしながら部屋を出た。飛行機からなら何度も海は見たことあるけど、こうして間近で海をみたり、入るのは初めて。名前はそんな初めてを彼と体験できることに終始心が落ち着かなかった。いつものサバサバした雰囲気を纏った彼女はどこかに消えていて、無邪気な子供のようにキラキラと目を輝かせている。

「海だぁ….」
「うん、海だよ…って名前!走らないで!」
「きゃーーー!」

安室がかぶせてくれたパーカーを脱ぎ捨て、名前は1人、海へと繋がる砂浜を走り出す。安室は彼女のその後ろ姿をみて、全ての思考回路がショートした。お昼過ぎのそこは、観光客や海水浴客で賑わっているが、彼女だけが浮かび上がっているように見える。その姿はもう、この世のものとは思えないほどに美しく、華麗で。部屋で名前の水着姿を見たときは正直、腰にくるものがあった。普段のサバサバとした雰囲気や面影は全くなく、ただ無邪気な笑顔を見せる彼女に、純白のビキニがよく似合う。紐が解ければスルリ、とそれが落ちてしまうのか、なんて、下衆なことを考えてしまう程それは魅力的で、僕以外の誰にも見せたくないと思うのも無理はなかった。現に、彼女の姿に目を奪われている輩がチラホラと目に入る。安室は若干の焦りを感じて彼女の後を追い、絶対に離さない、といわんばかりに名前の腕を掴んだ。

「零さん、早く、海」
「その前に荷物を置かないと。それから名前。僕から離れないで」
「…はぁい」

渋々、というように彼女が頷いたのを見て、安室はようやく荷物を置ける場所を見つけた。そこにレジャーシートを引き、荷物を置いて自分もパーカーを脱ぐと、わっ、という小さな声が彼女から聞こえた。

「零さん、かっこいい…」
「ーーっ、」

顔を赤らめて、両手の指を口元に当てながら安室にそんなことを言う名前を見て、安室は今すぐにでも彼女を抱きたい衝動に駆られる。
ーーこんなところで俺はなにを考えているんだ。
ふぅ、と息を吐いてなんとかその熱をやり過ごしていると、急にぐいっ、と、左腕が彼女の小さな白い手に掴まれた。

「もう待ちくたびれた!早く行きましょう!」
「わかったよ。走らなくても行くから」

学生に戻ったように名前と一緒に砂浜を走る。そんなに海が嬉しいのか、と、彼女に問えば、初めてだもの、そりゃこうなるわ。なんて答えが返ってきて、自然と笑みが零れる。ようやく浅瀬についた安室たちは、足をぽちゃり、と、海に浸けた。

「きもちい…!水、ホテルから見るより何倍も綺麗ね」
「あぁ。そうだね」

ーーお前の方がよっぽど綺麗だ。
ぽろっと出そうになった言葉をなんとか寸前で飲み込む。白い布を纏って碧い海に浸かる彼女は、天から舞い降りた天使のようで、手を離せばどこかに消えてしまいそうだ。安室はその存在を確かめるようにぎゅっと名前の手を握り、一緒に海の中へ進んで行った。


* * * *


「まだ口の中がしょっぱいわ…」
「ははっ、仕掛けてきたのは名前の方だろ?」

夕方になり、海の家でシャワーを浴びてホテルへ戻る。初めての海は想像以上に凄かった。きゃはきゃはと調子に乗って零さんに水を掛けたら、100倍返しと言わんばかりに、頭からズブっと海へ沈められた。お陰で、私の体内には海水がたっぷりと入っている。
ーー海水ってあんなに塩辛いのね。のどかわいた。

「食事は1つ上の階だね。荷物を置いたらすぐにいこうか」
「えぇ、そうね」

待ちわびる海の幸への楽しみに、自然と頬が緩む。ニコニコと笑みを浮かべていれば、可愛い、なんて、彼から思わぬ言葉を貰って心臓がドキン、と大きく跳ねた。
ーー本当、不意打ちってずるいわ。
私は、ちょっとだけ頬が熱くなったのが零さんにバレないよう、顔の熱を冷ましながら零さんと一緒にディナー会場へ向かった。


* * * *


「ん〜、美味しかったぁ」

刺身はもちろんのこと、カニや、エビの天ぷら、アワビまで堪能した私は、1日目にしてすでに大満足の旅行を送っていた。お酒も飲み放題なんてここは天国なんじゃないかと錯覚してしまう程に。それに、好きな人と過ごすホテルという事にも胸が高鳴る。普段から同じ家に住んでいるのに、環境が変わるだけでこんなにドキドキしてるなんて。
ーー中学生でもあるまいし、しっかりしろ、私。
パンっと両の頬を手のひらで叩いていると、きょとん、とした顔でこっちを見る零さんと目が合った。

「…入り口でなにやってるんだ。早くおいで」
「え、えぇ…」

そう促されて、ひょこひょこと部屋に入り、零さんの座るキングサイズのベッドに近寄れば、ぐいっ、と、腕を引かれて、私の躰は零さんの腕の中へすっぽり収まった。

「っ、ちょっと…」
「名前、ドキドキしてる」
「きっ、きのせいよ!」
「ふふっ、素直じゃないな…」

ふかふかの大きなベッド。主に背中から腕にかけて伝わる彼の熱。お酒も回って来た私は、その最高のシチュエーションの中、ゆっくりと目を閉じる。
ーー零さんの体温って本当に落ち着くなぁ…。
うっとり、としていた私は、自分がそれを口にしていたとは気付かなくて、ただ零さんに躰を預け続ける。暫くすると、零さんの腕が私の躰をくるっ、と回転させて、零さんの上に向かい合わせで座らせた。

「名前」
「…なあに」
「好きだよ」
「ん、知ってる」
「…そうじゃなくて」

いじけた声でムスッとする零さんを見て、今日その顔3回目よ、と、言いながら笑えば、零さんはムッとしたまま私を押し倒して、私の腰をまたいで覆いかぶさる。

「れっ、零さんっ!」
「…俺は君の気持ちを聞きたかったんだ。わかってて言わない名前が悪い」
「だって、ムスッとした顔の零さん可愛いから…」
「俺は可愛いよりもカッコいいって言われたいんだけど」
「…さっき言ったじゃない」
「減らず口だな。今の話をしてるんだ」

ツー、と、首筋をなぞられ、それにビクッと反応してしまう躰。零さんの細い指は、私の躰を厭らしく撫で回す。顔を上げれば、いじわるな笑みを浮かべる彼と目が合って、私の顔に熱が一気に集中した。

「れ、い……あッ…」
「日焼けしてる」

ラフなTシャツの首元をずり下げられ、デコルテが露わになる。日に焼けて赤くなっているそこを、零さんの指がなぞると、ピクッ。零さんの舌が這えば、ビクビク。躰が反応して目に涙のフィルターができた。

「ククッ…可愛い」
「かっ、からかわないで!」

ムスッとさせた顔を横に逸らす。でも顔も耳も真っ赤で、照れているのは零さんにバレバレ。
ーーああ、朝とは立場が逆になってしまったわ。
目を瞑って彼の愛撫に耐えていれば、その手が急に私の腕を引っ張りあげ、ベッドに座る零さんの上に、向き合うように座らされた。
彼の熱い瞳に、私の紅い顔がいっぱいに広がる。

「名前」
「なっ、なに…」

さっきの意地悪な笑みはどこにもなく、零さんは真面目な顔をして私を見つめた。そんな顔見てると不安になるんだけど。そんな言葉は言えるはずもなく、ゴクリと唾とともに飲み込んでしまった。そんな状況に、私の唇が情け無く震え始める。零さんは私をきつく抱き寄せると、コツン、と、私の肩に頭を預け、ぼそりと消え入りそうな声で呟いた。

「…好き過ぎて、おかしくなりそうだ」

ーーえっ…。
拍子抜けしてしまった。予想に反した零さんの発言に、再び顔に熱が集中し始める。なに言ってるのなんて冷めたふりをしてるけど、心臓は鼓動を速めて止まらない。それに気付いたのか気付いていないのかわからないけど、零さんは艶めかしい男の目を開けると、私の体を撫でながら低い声を発した。

「脚、腰、腕…」

零さんが呟いた私のその箇所に、じっくり、丁寧にちゅ、ちゅ、と、唇を寄せる。ゾクゾクと気持ち良さと恥ずかしさが混じった感情が私に襲いかかる。上に行くたびに零さんの手つきがねちょっこくなっていって、その度に私の体はびくびくと跳ね上がった。

「鎖骨、首筋、耳…そして……」

零さんが私の顎をそっとすくい上げ、わたしの目を熱く捉えた。もう、その目に見つめられるだけで意識が飛んでしまいそう。ドキドキしながら彼の青い瞳を見つめていれば、私の耳許で彼の口がくちゃり、という音を立てて開いた。

「…唇も全部、俺のものだよ」

白いベッドに身体がゆっくりと沈む。押し倒されながら受け入れたキス。やわらかいくちづけも、貪るようなくちづけも、全てに愛を感じて幸せに満ちてゆく。
ーーねえ、零さん。私だってあなたが好きで好きでたまらないの、知ってる?
絶対にそんな台詞は言えないけど、そんな気持ちが彼に伝わるように、私は零さんの首にきつく腕を回した。
2人の甘い情事は目の前に広がる大海原のさざ波だけが知っている。2人が眠りについた頃には、すでに薄い青と桃色の空が顔を出していた。



番外編:ライクザシー・ライクザスカイ
title by ジャベリン
2016.02.24

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