そう遠くない未来きっと貴方も恋をする

その日、私の不機嫌は26年の人生の中で頂点に達していた。一体なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。目の前の机には自分で作るよりも美味しそうな料理。買ってきたのか持ってきたのか、これまた高そうなワインが、私を誘うように並べられている。まあそれは置いといて、だ。問題は目の前でニコニコと私を見つめる男。

「さあ名前さん、遠慮せずにどうぞ」
「あなたはもっと遠慮すべきでしょう」

ギロリと睨みをかましても男は全く動じず、それどころかこの状況を楽しんでいるようにすら見える。何を言っても無駄だということは、この時既に分かっていたため、変に口を出すことはしなかったが、これでもかってくらい嫌な顔をしといた。もう、本当近づいてくんな、って言葉を顔面に貼り付けて。
しかし、組織は何故私に監視をつけたのだろうか。組織とはそう短い仲ではない。それこそ私がハッカーの道を進んだのだって彼らの影響だというのに、何故今更。しかも、何故こんな男が監視役なのだろうか。そして何故私の家に住むなんてことになっているのだろうか。
ーー100000000歩譲ってまだジンの方がよかった…。
そう思ってハァと何度目かもわからない溜息をこぼす。とりあえず、考えるのはやめよう。今は腹が減っては戦はできぬ、だ。私のお腹はペコペコだった。ご馳走を前にして手をつけないほど、プライドがあるわけでもないのだ。

「あなたが作ったの?」
「えぇ。僕、料理得意なんですよ」

嫌味かというくらいの笑みを浮かべた彼は私が食べ始めるのを待っているようだった。「...いただきます」と、消え入りそうな声で手を合わせて熱々のグラタンにフォークを入れる。口に広がった優しい味に、思わず私の頬も緩んでしまった。

「……美味しい」
「それはよかった」

しょっぱすぎず甘すぎず。ちょうどいいそのさじ加減が、私の舌にビビッとくるくらいには美味しかった。単純な私は毎日料理を作ってくれるなら家にいてくれてもいい、なんて考えてしまってはっとする。そうだ、私には聞きたいことがたくさんあるのだ。

「…あなた、名前は」
「さっき言ったじゃないですか。バーボンですよ。探偵をやっているときは安室透と名乗っていますが」

"探偵" "安室透"というワードを聞いて頭をフル回転させる。
ーーどこかで聞いたことのある名前…。

「…毛利さんの弟子の?」
「ご存知でしたか」

つい先日蘭ちゃんと会ったときに、毛利さんに弟子ができたと言っていたのを頭の片隅に思い出して納得。ーー成る程。この男が……

「で、何故急に監視を?」

私がストレートに質問したことに少し驚いた様子の男は、すぐにそんな顔を隠し、ニヒルな笑みを浮かべる。ゾクゾクと背筋が疼いたのは言うまでもない。

「それは貴方が1番良くご存知でしょう?組織はあなたを欲している。日本警察とも組織とも繋がりのある貴方を、組織が野放しにするわけがない。こうなることだって予想がついていたのでは?」

確かに彼の言う通りだった。私は今まで、あの手この手を使ってくる組織をうまくかわし生きてきたのだ。その上警視庁捜査一課に所属している私が、いつ何をしでかすかは分からない。一転すれば、組織に刃向かう駒になる可能性だってある。漸く組織は私を懸念して行動を起こした、ということか。本当にどこまでも恐ろしい組織である。

「ところで名前さん。僕はそこの空いている部屋を使わせて頂いてもよろしいですか?」

もう荷物は配送済みなんですが…と言った彼の目線の先をたどれば、ソファとテレビの間に5.6個の段ボールが積まれている。組織の用意周到さに、本日何度目かもわからない大きな溜め息が響く。

「なぜあなたがここに住む程で話が進んでるのよ」
「話のわからない人だ。言ったでしょう?僕は貴方の監視役だ、と」

私の問いに0.5秒もかからない速さで応答してくる金髪に、思わず舌打ちを繰りだしてしまうところだった。
ーーくそ。こいつ探偵だった。
もう、言い返すのも面倒になってしまった私はすべてを諦めた。プライバシーの侵害にはなるが、あまり関わらなければいい話。前向きに考え直し、フォークを置く。私の様子を伺いながら返答を待つ彼に、気怠そうに私は口を開いた。

「…部屋は空いてるところならどこでも使ってくれて構わないわ。基本家にいないし……でも私の部屋には入らないで頂戴ね。これは最低限の約束」

私がそう言うと、彼は何かを企んでいるかのように、ニヤっと口角を上げた。それも束の間、素早く席を立ち上がり、私の横へ移動してきたかと思えば、床に跪いて私の手を取る。突然のことに抵抗すらできなかった私は、彼にされるがままだった。

「では、交渉成立ということで…改めてよろしくお願いしますね、名前」

優しく呼ばれた名前。柔らかい感触が私の手の甲にそっと置かれた。




2.そう遠くない未来きっと貴方も恋をする
title by ジャベリン
2016.01.26


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