いいよもうぜんぶあげるよ

「くそっ、なんで出ないんだ…!」

安室は先ほどから何度も名前に電話をかけていた。一向に繋がらないスマホの画面を見て、安室はチッと舌打ちを吐く。漸く高速道路を降りた安室は峠をほぼMAXスピードで駆け登り、左手では電話をかける。警察官が何をしているんだとは思うが仕方ない。衝動は抑えられないものなのだ。

「名前...」

こんなに心配になったのは合コンの日以来で、僕は手に汗を握る。僕の推理が正しければ、おそらく男性を殺害した犯人は澄香と呼ばれる女性で、彼女を斬りつけたのは赤女に殺害された男性の愛人…。いくら愛人だったとはいえ、愛していた人を殺された恨みはやはり人間を狂わせる。僕だって名前を殺すような人間がいれば、犯人に何をするかはわからない。そんなことを考えているうちに、漸く森を抜け、車はパトカーが2.3台停車いている小さな別荘についた。家には電気が付いていなくて、この雷雨で停電でもしたのだろうと悟る。玄関の前に立つ警官に事情を説明して中に入れて貰えば、パリン、と、窓ガラスの割れる音がして、急いでリビングのドアを目指す。きっと名前は赤女を恨むその女が澄香と呼ばれる女性を襲おうとしていることを察しているはず…となれば、名前はきっと身を呈してでも澄香さんを庇うだろう。そんな予感はやはり当たっていて、ドアを開ければ、女性に覆いかぶさる名前が目に入った。僕は衝動的に包丁をふりかざした女の腕を蹴り上げる。カキン、という音ともに転がった包丁を瞬時に拾い上げ、割られた窓から外へと投げ捨てた。僕の後を追ってきた長野県警が長髪の女を捕らえたのを確認してから僕は名前に駆け寄る。僕の顔を見て安心したような顔をした名前を視界にとらえて、僕は無事を確認するよう、その身体をぎゅっと抱きしめた。

「電話したのに、なんで出ないんだ…」

自分から発せられた声は情けないほどに焦りを含んでいたけど、そんなことはどうでもいい。柔らかい彼女の身体と、心地いい体温を感じて、漸く僕も落ち着きを取り戻す。名前の頬から流れる血をペロリと舐めとって顔を除けば、ギロッと睨まれていつもの彼女の調子に戻っていることにどこか安心を覚えた。

「…ありがとう」

小さく彼女がそう呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。


* * * *


「貴方…ポアロはどうしたのよ」
「梓さんに代わってもらったんだよ、君のことが心配だったからね」
「心配?私がメール送ったの1時間くらい前じゃない、1時間でここに来られるはずがないわ」

さすが、刑事と言ったところか。やはり彼女は鋭い。ここに来たのは君が初恋の人に会いに来るためだと梓さんから聞いたから、なんて言いたくないけど、言わなくてはならない雰囲気になってしまったことにはぁ、と息を吐く。ムスッと顔を顰めながら名前にそう伝えれば、彼女はぽかんとした顔で僕を見つめていた。
ーーえ…もしかして、梓さ…!

「…今のは忘れてくれ」

嵌められた。梓さんの罠にまんまと引っかかってしまったことに頭を抱えながら先に車に戻った僕。既に彼女への気持ちがコントロールできなくなっていることに気づいた安室は、今日何度目かもわからないため息を吐くことしかできなかった。



35.5:いいよもうぜんぶあげるよ
title by scald
2016.04.30

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