正しい呼吸の仕方を忘れた肺など

23時58分。今日も定時に上がれることはできず、帰宅時間はこんな時間になってしまった。ザーザーと降り続く雨。だんだんと近づいてきた雷の音。それを見て俺は恋人である名前の顔を思い浮かべる。最近、毎日のように残業をしてる俺を、絶対に先に寝ず、ふんわりとした笑顔で迎えてくれる名前は、俺の唯一の癒しだ。FBIなんて血生臭い仕事をしているだけ、彼女の存在は本当にありがたかった。ただおかえりと迎えてくれるだけで、心の負担が軽くなるのだから不思議である。ピカッ、と眼に残る稲妻。パリッ、という音が混じる雷の音。2つの間隔が近くなってきている。パシャパシャと水しぶきを上げながら、俺は名前の待つ家へ、足を速めた。



正しい呼吸の仕方を忘れた肺など



「…名前?」

いつもなら、玄関のドアを開けると、おかえりなさい、と出迎えてくれる彼女が今日はいない。電気は付いているからお風呂にでも入っているのだろうか。
静かな部屋に響く雨の音と雷の鳴き声。名前を探しに洗面所に行けばシャワーの音が聞こえて安心する。フッと笑みが溢れれば、赤井さん?という彼女の問いかけがドアの隔たりから聞こえた。

「あぁ。遅くなってすまない」
「ううん。おかえりなさい。お仕事おつかれさま」
「…今日は風呂の時間が遅いな」
「う、うん。2回目なんだけど…」
「2回…?」

俺が問うた瞬間に、凄まじい音の雷がバリバリッと稲妻を光らせ、地響きがした。それは、どうやら近くに落ちたようで、家の電気が全てショートしてしまった。
暗闇の中で名前、と、彼女の名を呼ぶ前に、名前はお風呂のドアを開け、手探りで俺を探して、強い力で抱きついた。

「…あ、赤井さん……」
「大丈夫だ、ここにいる」
「…うん。帰ってきてくれてよかった…」
「……雷の音が嫌で2回も入ったのか」
「うっ…うん、その通りです…」

震える声、躰。そんな名前の小さな躰を子供をあやすように優しく抱き締める。風呂に入っていたせいで彼女についている水滴が自分の服を濡らすが、自分も雨に濡れていたので気にしない。それよりも、彼女の格好の方が気掛かりで仕方なかった。

「…名前。怖いのはわかるが、自分の格好を考えろ」
「見えないからいい…ひゃっ!赤井さん!どこ触ってるの!」
「見えなくても感覚でわかるさ。そんな大胆な事をしておいて、手を出すな、と言う権利はお前にないだろう?」

暗がりでも、彼女の顔が赤くなっているのがわかる。真っ赤な顔を俺の胸に埋めて、どうやって熱を逃がそうか考えているのだろう。そんな彼女の顔を思い浮かべれば、自然と頬が緩み、口角が上がる。未だに鳴り響く雷。その度にビクッと跳ね上がる彼女が愛おしくて仕方ない。俺は自分の濡れた服を脱ぎ捨て、手探りで見つけたバスタオルを彼女にかけてやるとスマホの光を頼りに寝室へ向かう。俺に引っ張られている彼女から抗議の声が聞こえるがそんなのは気にしない。
ーー俺が悪いんじゃない。可愛すぎるお前が悪いんだ。
ドサリ。ようやく辿り着いたベッドに名前を寝かせ、横に寝転ぶ。フゥ、と息を吐く俺を見た名前は、自分にかけられているバスタオルを俺の頭にかけ、ワシャワシャと髪を拭いてきた。

「赤井さん、風邪引いちゃう」
「…その時はお前に看病をしてもらうさ」
「赤井さん…」

暗がりに慣れてきた目で名前を見れば、少し顔を俯かせ、照れているようで、俺はぎゅっと名前を腕の中に閉じ込める。

「…雷、遠くなったね」
「あぁ。そろそろ電気もつくだろう」
「…ねえ、赤井さん」
「ん?」
「……明日も、帰ってきてね」

腕の中の名前が、さらに俺に躰を近づけ、胸に顔を埋める。死と隣り合わせの仕事だ。彼女を不安にさせているのは分かっている。いつ何が起こるか分からないから、無責任なことは言えない。それでも俺はこいつの隣にいる事を選んだのだ。俺を支えて欲しいと思ったのだ。だから、できる事はなんでもする。側にいてやれるまでいてやるつもりだ。

「…明日は非番だ。ずっとお前の側にいる」
「……赤井さんってずるい」
「お前に言われたくはないさ」

俺の胸から顔を上げた名前の唇に、チュッと自分の唇を寄せれば、嬉しそうに微笑んで躰を委ねる名前。雨の中で思い出したこの温度。この先何があっても、絶対にこの温もりだけは失いたくない。

「赤井さん、くるし」
「…すまない。少し我慢してくれ」
「………はあい」

ぎゅっと抱きしめたまま、角度を何度も変えながら口づけを交わす。
ーー好きだ。いくら求めても足りないほどに。
無意識に自分の手が彼女の躰のラインを撫で始める。ん、あぁ、と、甘い嬌声が彼女から聞こえて、煽られた手は止まらない。
ところがそこで、パチッ、という音とともに電気が復旧して、俺の下敷きになっている名前と目があった。どんどん顔を紅くする彼女は、手探りでさっきまで俺の頭を拭いていたタオルを手繰り寄せ、自分の躰にそれを巻くと、躰を捩らせて俺から距離をとろうとする。

「あああ赤井さんっ、離れて…」

目に涙を浮かべ、顔を俺から右にそらす名前。その表情だって俺を煽るだけなのに、無意識なだけたちが悪い。
だが今日の俺は優しくない。悪いのは俺ではないのだから。

「…言っただろう?」

下にいる名前の顎をすくい、再び視線を合わせる。ゆでダコのように顔を紅くする名前の髪を耳にかけながら俺は口を開いた。

「…手を出すな、と言う権利はお前にない、とな…」



正しい呼吸の仕方を忘れた肺など



(ニヤッと笑った赤井さんに食べられるまであと5秒。)



2016.02.23
title by ジャベリン

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