エスコルピオンの毒は甘く

「だから、嫌だって言ってるじゃないですか」
「この僕が君をこのまま逃すわけがないだろ?」
「なにこいつ、くどい」

目の前で人の良さそうな笑みを浮かべるこの男は、童顔のくせにどうやら実年齢は29歳らしい。大学生の私と同い年だと言われてもそんなに疑わないのに、ほんと、これで公安のエースとかやっぱり女子はギャップ萌えなんだろうなぁ。

「という訳ですから、はやく車へ乗ってください」
「どういう訳ですか」
「僕もあなたに手荒な真似はしたくないので」
「んなことしたら、兄さんが黙ってないし」

私がそう言えば、彼はムッと顔を曇らせた。ふん、ざまあみなさい。
そう、私の兄さんとはFBIきっての切れ者、赤井秀一。彼が毛嫌いする男である。どうやらこの男はその赤井秀一の妹である私の持つさまざまなスキルに目をつけ、どうにか丸め込んで公安に引き込みたいらしい。最近授業が終われば毎日学校の前に車で迎えに来る始末。こういう強引ナンパみたいな感じに声をかけるところはさすが29歳といったところだろうか。

「ドライブテク、ハッキング、危機察知能力…全てにおいて僕の理想通り。このまま君が奴の後を追ってFBIにでも入られたら困る、日本にとどまることをおすすめします」
「私は平凡な生活を送りたいんだけど」
「だから、僕と一緒に来てください」
「っ、」

僕が必ずあなたを守りますから、そんなことをサラリと言う目の前の男に目眩を覚える。気障なところは兄さんに似ているのにどうして仲良くなれないのだろうか。その間には何か因縁があるのだろうけど、兄さんに聞いても答えてはくれない。"奴には近づくな"と警告されている以上、こうして毎日のようにこの男に会っていることが兄さんにバレたらきっと相当まずい。というわけで私はとにかくはやくこの場を去りたいのだが……

「ちょっと、手、離してください29歳」
「それは拒否させてもらうよ」
「はぁ?」

何故か、色気を含んだ安室透の目に吸い込まれそうになる。名前、と甘く名を呼ばれ、どくりと大きく心臓が高鳴った。

「僕と一緒に来て。絶対に君を守るから」

いつものちゃらけた笑顔はどこにもない、ただ真剣なその彼の顔が、どんどん私に近づいた。



短編「エスコルピオンの毒は甘く」
title by scald
2016.07.03

BACK

×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -