レイトショーのため息

「名前。仕事だ」


銀色の長髪をなびかせながらそう言った男は、私をこのカフェに呼び出した張本人であり、なおかつ世界を敵にする大きな犯罪組織の一員なのだから、命令を無視するわけにもいかない。
脅迫、狙撃、暗殺、薬物、その他諸々……。犯罪はお手の物。俗にいう「黒の組織」は、私の所属する組織ではない。私は情報屋、所謂ハッカーだ。FBIやCIA、MI6の秘密機関のセキュリティだって、やろうと思えばパパッと突破できるだろう。

「制限時間は10分だ」
「…そんなに簡単なの?だったらあんたらでなんとかしなさいよ」

嫌味を垂れた私を、PCを隔てたジンがものすごい形相で睨んでいる。はー怖い怖い、なんて口にしながら画面に目を戻すと、ジンは懐から独特な匂いを放つシガレットを一つ取り出した。
この大きな組織と出会った頃から、彼らはあの手この手を使って私を組織に引きずり込もうとしていた。でも、私は一匹狼。誰の懐に入る気もない。かといって彼らも私を失うのはかなりの痛手。だから彼らは私を殺さない、否、殺せないといったほうが正しいだろう。それをいいことに、私は彼らの勧誘を断りながらも、こうしてたまに仕事の依頼を受けている。まあ、犯罪に手を染める気はないので(ハッカーって時点で怪しいけど)組織が潰そうとしている悪徳会社や、ジャンキーの情報を提供しているだけなんだけど。

「はい、できたー」
「フン。相変わらず腕だけは確かだな」

銀髪の男ーージンは、無愛想に嫌味を吐くと、まだ吸い始めたばかりのタバコを灰皿に押し付ける。それから私が差し出したハッキング済みのUSBを受け取り、コートのポケットから分厚い封筒を差し出した。たったこれだけで500万円だ。美味しい仕事だろう。
さて。いつもだったらここで席を立ち、そそくさと帰るジンだが、どうやら今日はまだ終わりではないらしい。新しい煙草に火をつけ、その煙をふっと私のほうへと吐き出す。受動喫煙もたいがいにしろと言いたいところではあったが、そんな気持ちは10秒後には吹っ飛ぶことになる。
彼は私に向かって口を開き、恐ろしいほどの破壊力を持った爆弾を、いつだってすがすがしい顔で投下するのであった。

「...今日からテメェの家に組織の人間がいるはずだ。いけ好かねぇやつだが、お前の監視役として組織が送り込んだ」

ポカンとした顔の私を見てフン、と鼻で笑ったジンは今度こそ席を立ちながら続ける。
ーーちょっと待って。監視?家にいる?は?

「お前が組織に入らねぇなら動向を探れとの命令だ。まぁ、妙な尻尾をださねぇように精々注意するんだな」
「ちょ…ジン!」

私の返事を聞く前に店を出て行ったジンの背中を見つめながらしばらく考える。
……監視?監視ってなによ。監視って。というか、いつの間に私の家調べてるのよ!
まったく。こういう時は組織の恐ろしさを痛感する。ふざけんなあ!と叫びたい気持ちをどうにか押し殺して私もカフェを出る。ジンの言い方からして、既に家に誰かが居るらしかったが、あのセキュリティがっちがちのマンションにそう易々と入れるわけがない。と、自分に言い聞かせて嫌な予感を感じながらも帰路に着く。組織に対する苛立ちと、自分の生活への不安が混ざって変な汗まで出てきてしまった。まったくあの銀髪。今度会ったらあのポルシェ、ボコボコにしてやるんだから。
ーーくだらないことを考えているうちにマンションに着いてしまった。エントランスに入ることさえ大変なセキュリティ万全のこの家を警戒しながら歩く私は、それこそ犯罪者極まりなかっただろう。とくに変な視線を感じることもなく自分の部屋の玄関の前に着いた。ほっと一息ついてガチャリと鍵を回し、ドアを開けて妙な違和感。
ーー電気が付いている。
音を立てないようにドアを閉め、落ち着けと自分に言い聞かせていると、急に現れた人の気配。びっくりして振り返ると、そこにはジンより幾分若いであろう男が、満面の笑顔で立って私を出迎えた。

「おかえりなさい、苗字名前さん」

まさか、こんな男が組織の一員で、このセキュリティを破って私の部屋にーー?そんな私の感情を見透かしたかのように、男の胡散臭い笑みが濃くなる。そして男は私との距離をさらに縮めると、その顔に似つかわしいマイルドな口調で私に語りだした。

「ジンから聞いているとは思いますが…今日から僕が貴方を監視することになりました。コードネームはバーボン。同時に今日からこちらに住まわせて頂きますので、よろしくお願いしますね、名前さん」

私の許可もなく部屋に入り込み、また常識の欠片もないことを言い始めるこの男は、初めて会ったこの日から私の嫌いな人間リストに追加された。
ーーとりあえず、一緒に住むって何ですか。




1.レイトショーのため息
title by ジャベリン
2016.01.26


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