3ヶ月働いてみました


ついに、ついにこの日がやってきた。

「親父ィーーーー!!!」

 バタバタドタドタと海岸からモビーディック号まで一直線に駆けていく。

「とう!」

 左足で地面にめり込むぐらい踏み込みを入れ、高く高くジャンプ。

「着地に失敗すんじゃねェぞ」
「親父が受け止めてくれれば大丈夫!」

 グララララと聞き慣れた笑い声は甲板から。放物線を描き重力の手助けを受け加速していく私は、定位置で酒樽を呷っている親父目掛けて大の字で落ちて行った。

 べちん

「痛い!」
「お前ェの目測が悪かったんだろうよ」

 見事に親父の広い広い胸板へダイブを決め込んだのだけど、鼻先から突っ込んでしまいエビ反り状態のまま滑り落ちそうになった。そこを親父が右手で抱き止めてくれたのだけど、エビ反り状態の足が巻き込まれたのだ。身体が柔らかくて良かった。

「親父ィ、鼻が痛い」
「おーおー、真っ赤だなァ」
「むぅー!」

 ぶつけた鼻を親父に見せてさすってもらおうと思ったのに、親父はあろうことか鼻を摘まんで引っ張った!
 絶対に赤くなってる。親父のせいでさらに赤くなってる。ヒリヒリして痛い。あとでナースの誰かに見てもらわなきゃ。

「ぷっは。親父、鼻もげちゃうよハナモゲラ―だよ」
「なんだそりゃ。それよりナマエおれに言うことがあるんじゃねェのか」
「そうだった」

 親父の腕からすり抜けて、髪を手櫛でちょちょいと整え親父の膝の上で正座をする。

「ただいま!」

 にっこり笑ってご挨拶。

「楽しかったか?」
「うん! でも親父と離れて淋しかったよ」
「嬉しいこと言ってくれんじゃねェか」
「お、ナマエじゃねェか。おかえり」
「ははーん、店のもん食ってクビになったんだろ」
「隊長と一緒にしないでよ」
「ナマエ〜〜〜〜〜〜」

 親父とのじゃれあいも束の間、隊長達のお出ましだ。
 マルコ隊長はにっこり笑ってくれて、私もただいまって返した。エース隊長はおかえりの一言もなくからかってくる。私は隊長みたいに食いしん坊じゃない! それからサッチ隊長は腕を広げて歓迎ムードなんだけど、私は親父にひしっとしがみついた。

「なんで!?」
「サッチ隊長のリーゼントが鼻に刺さったら嫌だからです」
「刺さんねェよ!!」

 親父の足元でサッチ隊長が反抗期だと泣き崩れているけど、無視無視。

「親父、見て見て!!」
「なんだァ?」
「ふふふふふーって、あれ、ない! お店に忘れてきた!! ちょっと取ってくる!!」 
「忙しい娘だなァ」

 グララララと親父の笑い声を背に、私は船を飛び降りて来た道を来た通りに駆け抜けた。










「今度こそただいまァーーー」

 結局戻ってくるのに小一時間ほどかかってしまった。だって、大事なものを背負って走れない。転んで割れてしまってはこの3ヶ月が台無しだ。私の淋しさ返せ! だ。

「もう忘れもんはねェか?」
「ない!!」

 そうか、と親父が一言言えば出航だと声が上がる。みんな私を迎えに来てくれただけだから留まる必要はないからだ。って、状況説明してる場合じゃなくて。

「親父、プレゼント!」
「こいつァ……ありがとよ」

 がしがしと頭を撫でられると、どうしても頬が緩む。
 親父にあげたのはあの島の中でも高級で貴重なお酒。3ヶ月前停泊した時に親父が気に入ったお酒。でもその時はもう品薄で買い揃えることができなかった。親父が認めるお酒なんてそうそうないから私はどうしても欲しくって、店主に頼み込んで3ヶ月働くことで譲り受けることができた。本当はそれだけじゃ譲ってもらえなかったんだけど、私が働いた3ヶ月は売り上げが倍増したみたいで、特別だと言って譲ってくれたのだ。
 このことは親父には内緒。なんとなく「働いてみたい」という動機だけで押し通した。だって、普通に言ったら許してくれないし。親父は他の世界を見るのも良いだろうとあっさり許してくれたんだけどね。

「へーナマエはこれのために働いてたのかい」
「でもよォ、酒場なんて本当にお前大丈夫だったのか?」
「おれらが言うのもなんだけど、良い客ばっかじゃねェだろ」
「みんな優しかったよー。頭撫でてくれたり、なんかいろいろ貰ったりしちゃった。全部置いてきたけどね」
「なに貰ったんだ?」
「んーとひらひらしたドレスみたいなのとか―、あ、サッチ隊長が持ってる本のおねーさんがよく着てる服とか!」
「……ほお。他にはなんか貰ったのか?」
「お花とか指輪もらった! あとは毎日来てくれるお客さんがねー『キミはぼくの太陽だ』って言ってくれた。サッチ隊長思い出しちゃった」
「他にもサッチみたいな野郎はいたか?」
「ちょ、親父なんでおれ基準!?」
「んー……常連さんはなんかみんなサッチ隊長みたいだったなー」
「だからなんでおれ!」
「ナマエ。身体触られたりしてねェだろうな?」
「無い無い、さすがに無いよー。手は握られたけど」
「お前ェら、船戻せ」
「え、戻るの?」

 親父がなんだか怒りだしてサッチ隊長が殴られちゃって、でも私は早く親父にあのお酒飲んで欲しいから、親父に飲もうよ飲もうよと強請ってみた。すると親父は大きく息を吐きだして「二度と働きには行かせねェからな」と言って、きゅぽんっと酒瓶を開けた。

「淋しいからもう行かないよ」

 3ヶ月って結構長かったもん。


2010.1206
3ヶ月あんまり関係なかった気がするorz
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