かくれんぼ



「マールーコー、あそびましょー」
「やーだーよーい」
「あら、あんたにそんな茶目っ気があったとは」
「仕事の邪魔すんなよい」

 ご飯時を過ぎた食堂はぽつぽつとまばらに人がいる程度で、目当ての丸まった背中は簡単に見つけることができた。その背中に胸から体重をかけて、子どものように声を掛けてみれば同様に返されたものだから、こんなおじさんを可愛いと思ってしまうのも仕方がない。

「新聞読んでるだけでしょ。それとも、あえて仕事を待ってるのかしら」
「どういう意味だよい」

 食堂に来る前のこと。
 エースが何回目になるともしれない冷蔵庫荒らしをしたので、サッチは警報器付きの冷蔵庫が欲しいやら食料補給にお金がかかるだの愚痴をこぼしていた。そのエースはなにを思い立ったのか弟に会いたい会いに行きたい行っても良いのか、と甲板をうろうろと歩き回っていた。いつの間にかこの船ではどうでもいいことから困ったことや生活に関するあらゆることまで、「とにかく何かあったらマルコに」ということになっていた。よって、サッチとエースがマルコの元にやって来るのは時間の問題ということだ。

「面倒臭ェよい」
「だから、遊びに連れだしてあげようって言ってんの」
「……しょうがないねい」

 重い腰を上げたマルコを引っ張って、件のふたりに見つからないように窓から食堂を出る。この際行儀云々は置いておくことにしよう。

「なにして遊ぶんだい」
「とりあえず見つからないようにかくれんぼ。人のいない場所探して」

 広さは十二分にある船だけれど、それに見合うだけの人もいる。誰かに見つかってしまえば、そこからあのふたりにも居場所が知られてしまうだろうから「誰にも見つからない場所」が良い。そう思ってはみても既に何人ともすれ違ってしまっているので、たぶんそのような場所はこの船にはないだろう。

 不意に、右手が生ぬるいものに包まれた。見れば引っ張っていたはずのマルコの左手に絡め取られていて、これは何だと腕ごと上げれば、なんのことだといった顔をされた。

「ナマエから手ェ繋いでくるなんて滅多にないし、たまにゃいいだろ」

 嫌味なほどににんまりとした顔で、こっちだこっちだと私を引っ張っていく。マルコには「人のいない場所」の見当がついているのか足取りに迷いはなく、すっすっと階段を下りていく。

「ここ大丈夫なの」
「整備やら掃除やらは飯の前に終わってんだ、そうそうここに用のあるやつはいねェだろ」

 砲列甲板。隠れるような場所はないが確かにここは遊び場には不向きで、特にエースは無暗に近寄るなと言われている場所。加えて今日は天候が良い。砲門からの明かりがあると言ってもここは薄暗い。わざわざ陽の当らない所に潜るような奴はこの船にはいない。さらに船尾付近の奥まったところならば……と、言ったところか。
 壁に背を預けてずるずると縮む。マルコは縮んでいく私をじーっと見るだけ見て、隣に腰を下ろした。ふたりの間に自然と収まった繋がれた手が浮いて、生まれたこぶしひとつ分の隙間はマルコによって埋められた。こういう風に身を寄せ合うのは久しぶりだ。マルコの膝上で右手が照れる。

「誘っといてなんもなしかい」
「カード持ってきたんだけど、ふたりでやってもね。手、こんなだし。できるのしりとりぐらいかな」
「大人の遊びっつー選択肢はねェのか」
「マルコさー、そういう言い方ほんっと親父臭い。あ、親父って言ってもオヤジじゃないからね。一応言っておくけど親父はおじさんでオヤジっていうのは船長、白ひ」
「わかったわかった」
「オヤジならそういう誘いももっとスマートにすると思うのよ。一度誘われてみたいもんだわ」

 そういうことにはならないのは火を見るよりも明らかで、一種の好奇心として述べただけだというのに、私の右手は爪を喰い込ませる勢いで握り締められている。

「マルコだってオヤジがとんでもなく良い男だってわかってるでしょ」
「それとこれとは話が別だよい」
「なら、早くオヤジみたいな良い男になってよ」
「無茶言うない」
「それもそうね、いくらマルコでもオヤジには勝てないか」

 手に籠められた力は弱まり、その分眉間に送りこまれていく。背中も丸まりだした。
 マルコはマルコで良い男だ。それは私が良く知っているし、白ひげを背負う者なら誰でも知っていることだ。それでも比較対象がオヤジでは勝ち目がないと、それも誰もが思うだろう。確かに無茶を言ったかな、と反省中にマルコはぼそりと呟いた。

「いつか、超えてやるよい」

 左手をもぞもぞさせながら言うマルコは、やはりどこか可愛い。オヤジへの挑戦状か、とか、あまり待たせないでよ、とか茶化す雰囲気ではないので言わないことにしておく。ただ、その言葉はあとできっちりオヤジに伝えておこうと思う。
 それから、今日の夕飯はなんだろうとかなんてとこはない会話をしたり、マルコの「おれはなんでも屋じゃねェんだよい」という愚痴を聞いたりした。たまには手を貸してあげようか、とは言わない。嬉しいくせに「いらねェよい」と可愛くないことを言われるだけだ。

 喋り疲れたのか気を抜きすぎたのか、そのままふたりで寝てしまったようで、一方的に始めたかくれんぼは夕飯を知らせに来たエースの腹の虫によって終了となった。

「なんか、すげー貴重なもん見た気がする」

 エースの視線を辿ると、ずっと握ったままだった手と、未だ私に体重を掛けて眠るマルコに辿りついた。起こそうと声を掛け体を揺らしても、マルコの左手はもぞもぞと動くばかりだ。

2011.1029
リクエスト内容
マルコで船のどこかでこっそり仲良く
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