3ヶ月記念日


「エースお待たせ」
「おうっ」

 そろりそろりと階段を上って、そろりそろりと教室のドアを引いて、そろりそろりと机の上に真っ白い箱を置く。誰もいない放課後の教室で、エースはプラスティックのフォークを片手に準備万端。

「じゃーーん!!」
「おぉぉすげェなナマエ」

 瞳をらんらんと輝かせたエースの前に姿を現したのは、中央に真っ赤ないちごが3つちょこんと座り、直径21センチの円を波打つ生クリームで縁取って、ところどころ銀の粒を散らした真っ白なショートケーキ。

「それでは」
「いただきます」

 入れ物だった箱はお皿代わり。ナイフで切ることもなく、お互いに手前からフォークを入れてそのまま口へ。

「うめぇ!!」
「ほんと?」
「ああ」

 ぱくり、また一口ぱくりと。エースがケーキを口へ運ぶ度に頬が緩む。
 7号サイズのホールケーキ。1人では絶対に食べきれない大きさでもエースがいればなんてことはない。だってほら、着々とフォークが中央まで進んできてる。

「でもナマエがケーキ作るなんて珍しいな」
「んーなんとなくね。そんな気分だったの」
 私は生クリームがそれほど得意ではなくて、ケーキなんて滅多に食べない。それでも記念日にケーキは欠かせないと思うし、ケーキと言えばいちごのショートケーキだと思って、昨日の夜に黙々とほぼ初めてのケーキ作りに挑んだ。なんとなく学校で食べたくて、先生にお願いして調理室の冷蔵庫に今まで置かせてもらってた。

 そう、今日は私とエースが付き合いだして3ヶ月目の記念日。

 エースはそれに気付いてないと思うけど気にしない。私がただお祝いしたかっただけだから。エースに言えば気付かなかったことを気にしてしまうと思うから、私の気まぐれと言うことにしてある。

「エースって食べ方器用だね」
「そうか?」

 お皿代わりの箱には生クリームがつき、崩れ落ちたスポンジが点々と転がっている。自由に食べ進めていくから綺麗な食べ方とは言えないけど、それでも中央のいちごが座っている部分だけはしっかりと塔のように残っている。

「ナマエいちご3つじゃわけらんねェぞ」
「エースが2つ食べていいよ」

 そのつもりで作ったしと、エースが1つ私が1つ、それぞれ口に頬張る。最初は2人で分けるなら4つかなと思った。でも見た目を考えると3つの方が良いなって思ったし、3か月の3とかけていたりもする。



「ごちそうさまでした」

 最後の一口は3つめのいちごと一緒にエースがぱくり。ふぅと一息吐きだし、役目を果たしたフォークと箱をゴミ箱へ。教室掃除のみんなごめんね。

「食った食った!」

 ごちそうさまでした、と再度お辞儀をするエース。どういたしましてと笑って、帰ろうかと声を掛ける。食べ終えたばかりだしゆっくりしたい気もするけど、遅くなってもいけない。

「ん。でもその前にさ」

 これ。と差し出されたのは『A』のモチーフがついたストラップ。私は携帯にストラップを付けていないので、落としたということはないし、なんだろうと首を傾げた。

「プレゼント。ちゃんと携帯に付けろよ?」

 おれも付けてるし。と見せられた携帯には昨日まで無かったストラップ。でもそれのモチーフは『A』ではなくて。

「そろいにしようか迷ったんだけどな。お互いのイニシャルって方が、なんかいいだろ」

 照れくさそうに笑う顔を見て、あ、あれは私のイニシャルかと。エースには私の、私にはエースの。わかってしまえば嬉しくて嬉しくて、緩む口許が抑えられない。
 そこで、はたと私は気が付いた。エースがこれをプレゼントと言って渡してくれたことを。

「3ヶ月記念、だろ」
「覚えてたの?」
「あー……いや、実は昨日サッチに言われて気付いた」

 忘れててごめんな、と申し訳なさそうに笑うエース。サッチに言われたなんて、黙っていれば良いのに。正直に言ってしまう所がエースらしい。それにしても、よくサッチが覚えてたなと思う。恋愛に関してマメなサッチに今日は感謝だ。明日お礼を言っておこう。

「エース、ありがと」
「どーいたしまして。じゃあ帰るか」

 ブレザーのポケットに携帯を仕舞って、すっと差し出された手を取り甘い香りを残して教室を出る。





 一歩一歩と、歩くたびに揺れる『A』がくすぐったい。


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2010.1201
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