頬笑み



 いま現在アタシら白ひげ海賊団2番隊は本船からだいぶと離れた海を航海中だ。決して迷子になっているわけではない。

 白ひげ海賊団――というよりもオヤジ――の領地は広い。もちろん奪った土地などではなく、白ひげの名の下に守っている土地だ。大半のチンピラ海賊や山賊はその旗を見て大人しくしているが、名を上げたいと向上心溢れる海賊や、こんなところまで来やしないだろうと鷹を括っている三下連中がいないわけではなく、定期的に各隊が見回ることになっている。
 一度に数隊が本船から離れるからそこを狙ってオヤジの首を取りに来る連中もいるけど、そこんところは心配すると怒られるから誰も心配しない。

 今回廻った島は何事もなく平穏だった。折よく海軍が立ち寄ったときに三下連中は現れたようで、見事捕縛されたと聞いた。海軍としては海賊の領地というのは気にいらないだろうけど、市民を守るという正義は貫かれたらしい。そこで島を見捨てるようだったら、海軍本部を潰しに行くことになっただろうな。

 とまあ、領地の見回り任務を難なく終えて、平穏無事に暮らしている島民からお礼という名目で山ほどの食糧をもらい、現在本船帰還途中というわけだ。

「隊長、2時の方角から敵船です」
「2時って……おーあっちか。来るんだったら出迎えてやろうや」

 あくびを噛み殺して指示を出すエースは、寝起きのくせにすでに準備万端といったように敵船が近づくのを待っている。
 白ひげは無理でも隊長の首を、とどこで情報を手に入れているのか見回りを狙って待ち伏せる船も珍しくない。偶然通りかかってしまったという船にも出くわすが、まず戦闘を避けられた例[ためし]はない。
 個人的な意見を言わせてもらえば、船も兄弟も無傷でさっさとモビーへ戻ってオヤジにお帰りと頭を撫でてもらいたい。けれども、何分こちらも血気盛んなので今回も例に漏れずそれは無理そうだ。

「ナマエ怪我すんなよ?」
「んー努力する」

 エースはいつも戦闘になるとアタシにそう声を掛ける。この海は偉大なる航路。なにが起こるかわからない。アタシ達はたとえどんなに無名だろうと、力の差が歴然であろうと、敵意を以って向かってくる奴らには全力を出す。それは相手へ敬意を払うとかそんな紳士的思考ではなく、ひとつの油断も命取りになることを知っているから。
 この海で、絶対は存在しない。

「撃ってきたぞー!」
「っし、行くか」

 脚力と能力を掛けあわせてエースは敵船まで飛んだ。能力で撃ち込んだのか向こうの船上で爆炎が上がる。
 狙撃の名手がいるのか元より接近戦をする気がないのか、船は砲弾が届くギリギリの距離を取っている。乗り込んで斬り合いの撃ち合いのという、肉弾戦、接近戦を好む輩が多いうちとしては少々じれったい。なによりエースの炎に当てられて総員血が沸き立っている。

「またエースの独壇場かよー、おれらも戦いてェってのに」
「ぼやくな。そのおかげでこっちは砲弾の消費が抑えられてんだ」
「わかってるけどよォ」

 エースが船上で敵を蹴散らす中、砲弾の応酬も止まない。船に当たることなく海に落ちていく砲弾が、波を立てて船体を揺らす。
 砲弾と砲弾が宙で爆発し炎と煙で視界を塞がれる。
 無事か、問題ねェ、見えるか、大丈夫だ、掛け合う声で船上を把握する。すぐには開けない視野の先、エースは心配無用だろう。

「っ……砲弾くるぞっ!」

 無数の音の中で感知が遅れた。爆煙の中から向かってくる球体は間違いなく砲弾で、急速に船体を移動させても避けきれない。
 この船でみんなでモビーに戻るんだ。エースは前線で戦ってくれてる。船を守るのは、アタシらの役目。

「任せて」
「おいナマエおまえっ」
「ナマエーーっ!!」


 いまは、夜かな。
 目を開けているはずなのに暗い。耳は聞こえてる。誰かが怒鳴ってる声が遠くに聞こえる。鼻も、問題なし。嗅ぎなれた薬品のにおいがする。ああ、帰ってきたんだと安心する。きっとここはモビーの医務室だ。

「気ィついたかい」
「マルコ隊長」
「喋れるんなら問題ねェな。オヤジ呼んでくるよい」
「いや、アタシが」
「歩ける体じゃねェだろ」

 言われて気付く。四肢が思うように動かせない。
 あーあーやっちまったい。治りが早いほうではないので当分ベッド生活を強いられそうだ。オヤジが来る前に吐けるだけの溜息でも吐いておこうか。

 どっしりとした気配が近くに座った。オヤジだ。これは、ちょっと怒ってるかもしれない。

「今回は、頭撫でてやれねェなァナマエ」
「うん。残念」
「ナマエ、おれ達ァ海賊だ。無茶すんなっつうのは無理がある。だがこれは忘れるなよ、船は沈んだら新しいのを作りゃいいが、人ってのはそうもいかねェ。子がボロボロんなって戻ってきて、悲しまねェ親もいねェ」
「……うん」

 あの後アタシがどうなったのか、自分ではわからない。砲弾を蹴り返そうと足が弾に触れた瞬間、目の前が白い光でいっぱいになって、ダメだって思った。エースごめん、って思った。

「エースは」
「あいつか。お前がいつ目ェ覚ますかわかんねェと飯ものどを通らねェとかぬかしてやがる」
「エースが?」
「ああ。今日の朝飯もたったの10人前だって言ってたぞ」

 それでのどを通らないって、やっぱりエースだなってオヤジとちょっと笑った。

「ちとうるせェが、連れてくる」

 そう言ってオヤジが出て行ったと思ったらすぐに誰かが入ってきた。部屋の温度が少し上がったと感じたのは、気のせいじゃない。

「エース」

 当然と言わんばかりに怒ってる。呼んでも返事がない原因はアタシが怪我をしたからだ。オヤジにも言われたし反省の気持ちはある。でもこんな空気は好きじゃないから、ここは謝って怒られて大丈夫だって笑って、終わりにしよ。

「エースあの」
「なんで、できもしねェのに蹴り返そうとしたんだよ」
「……ごめん。でも」
「ごめんもでももねェ!お前だけそんな怪我しやがって、怪我すんなよって言ったじゃねェか!」

 熱い。薄い掛布が燃えそうだ。包帯の下がじっとり汗ばんでいるのがわかる。

「おれがひとりで乗り込んだからか。船に残ってたら、お前を守ってやれたのに」
「守る、って」

 エースはアタシが怪我したから怒ってるんじゃない。アタシに怪我させたのは自分のせいだって、勝手に責任を感じて怒ってるんだ。

「アタシだって海賊だ。敵がいたら戦うし怪我だってする。自分の身は、自分で守る」
「守れなかったからこんな大怪我したんじゃねェか!だいたい、男は女を守るもんだ。お前はおれに守られてりゃ良いんだよ!」

 エースの言葉に、じわりと溜まるものがあった。

「女だから、弱いから…………守られなきゃいけないなら、船を下りる」
「なに言ってんだ」
「守られるために海賊になったんじゃない。守られるだけなら、この船にいる意味がない」
「そうじゃねェ!おれは」

 エースは強い。強くて優しい。優しくてあたたかい。
 エースの言いたいことは、わかってるよ。

「ならさ、兄弟に戻ろう」


 あれから3日が過ぎた。まだ食事らしい食事はできず、何をしようにも誰かの手を借りないと何もできない状態は変わらない。目を覆っていた包帯だけは一昨日解いてもらった。最初に見たのは船医のぼやけた顔とその後ろの天井で、ここはやっぱり医務室だった。
 あの後、面会終了だと言ってマルコ隊長が入ってきた。ふたりとも頭を冷やせと言われて、強引に連れ出されただろうエースとはそれきりだ。3日も顔を合わせないなんて、今までにあったかな。オヤジに殴られたって聞いたけど、大丈夫かな。

 これからどうしようって、日に何度も考える。船を下りるとか兄弟に戻るとか、そんな気はこれっぽっちもないのに引っ込められないでいる。どちらも選びたくない。考えて考えて、嫌になると急に眠たくなって、眠って、起きて、考えてを繰り返してる。

「ナマエ」

 何度目の目覚めだろう。エースが傍にいる。口をへの字に曲げて、まだ怒ってるのかな。そう思うと、体とは別の所が痛くなった。

「ずっと、考えてた。ナマエはおれよりも先にオヤジの名を背負ってこの海で生きてたんだ、強いやつだってことはわかってる。怪我すんなって、無理言ってんのもわかってんだよ。でもよ、わかってても嫌なんだよ。こんな包帯ぐるぐる巻いてるナマエ見んのは、つれェ。こんなのいつか、いつかお前が……」

 ぐっと瞼を閉じて、唇を噛んで、堪えているようなその顔は酷く切々としていた。
 アタシはエースになんて顔をさせているんだろう。
 エースが小さく震える声で吐き出したひとつの思い。アタシはわかってるつもりで、エースのことをわかってなかったんだ。

――恐ェよ

「だからおれは、ナマエがなんて言おうが、お前を守るって決めた。船降りるとか兄弟に戻るとか、そんなもんナシだ」

 決めたんだ。その意志はエースを象徴する炎となり、誓いを立てるようにしてアタシを内側から焼いた。アタシはまだごめんの一言も言えてない。流した涙もエースの指先ですぐに乾いてしまった。だんだんと呼吸がままならなくなって、エースが息を継ぐ一瞬に出遅れて息をした。

「ナマエ」

 頬笑み、だ。
 止まることなくあふれてアタシに沁み込んでくる。
 不意に、脳が止まったみたいだ。エースには、また起きたら……


「お、もういいのか?」
「ん。でもまだ大人しくしてなさいってさ。だから、エースも協力してよ」

 もうひと月ぐらい経っただろうか。松葉杖と足のギプスは外れないものの、船内をひとりで歩いてもいいと許可が下りた。真っ先に会いに行ったオヤジは、さっさと治せよと頭を撫でてくれた。

「なんだよ協力って」
「エースが絡むと治りが遅くなるから、エースも大人しくしてろって」

 あの時アタシは眠ってしまって、意識を失ったと思い込んだエースはたいそう慌てて船医を呼びに行ったらしい。そこで怪我人にちょっかいを出したことがばれ、面会謝絶を言い渡されたそうだ。それでも毎日少しの時間だけど扉越しに話をしに来てくれた。

「大人しく?無理だろ。や、まてまて。それはナマエのためだもんなァ」
「そうそう、アタシのために」

 付き添いを連れて船内を歩けるようになってからは、船首で一緒に昼寝をしたり、エースに抱えられてマストに登ってふたりして怒られたりもした。

「それでさ。しかたないから、アタシ、エースに守られてあげる」

 いつ言おうか、ずっと考えてた。でも改まっていうのは恥ずかしくて。これでも、伝わるよね。

「おう。任せとけ」


2011.1003
リクエスト内容
エースで戦闘員恋人夢主。切甘。
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