効き目は如何ほどでしょう



「おれに比べれば十分若ェだろうが」

 薬を飲み続けるとじわりじわりと身体に耐性がつき、じわじわとその効果は薄れていく。そしていつの間にやら効かなくなって、新しい薬を飲み始める。
 薬はどこにあっただろうか。机の上だったか、引き出しの中だったか、出番待ちのハンガーが並ぶクローゼットの中だったか中身の少ない化粧箱の中だったか。


「それでは船長、私は出掛けますけど、くれぐれも、くれっぐれもお酒はほどほどにお願いしますね」
「わかったわかった、さっさと行ってこい」

 お酒のことを口にして渋い顔をされるのに慣れたのはもう何年も前のこと。片時も離れたくないと後ろ髪は引かれるのはいつものこと。けれども、行かなければならないのでタラップを降りる。
 目的地は昨日一足先に上陸した同僚――と言うよりはもう妹と言ってしまった方が良い――から聞いている。メインの通りをまっすぐに行けばいいとのこと。往復の時間を含めて制限時間は3時間。行動時間を決められているのではなくて、私が船長と離れても耐えられる時間がその程度。良い歳した大人が大袈裟に、とか、異常だ、と思われるかもしれないけれど、私は許される限り船長の傍にいたいから。

 目的地到着まで早足で15分。予定通りだ。
 黒塗りで高級感を押し出した、取っ手の金メッキが少し剥げた扉を押し開ける。カーテンを閉め切った部屋から、いきなり夏島の照りつける太陽の下に出されたような眩しさに目を瞑った。ひやりとした空気に撫でられ、ゆっくり瞼を持ち上げて開けた視界を見渡すと、天井から壁から建物全体が宝石のように眩[まばゆ]くてくらりとした。探るように足を踏み出してようやく、女性シンガーのバラードが流れていることに気付く。たまに妹達が歌っている、巷で有名らしい曲だった。

「よろしければご試着できますので」

 は、と振り向いた。愛想の良い声の持ち主は、これまた愛想の良い笑顔を浮かべていた。

「ありがとうこざいます」

 愛想を浮かべて答えれば、店員はにこやかに他の客の元へと向きを変えた。
 店の中心で堂々たるポージングを見せている3体のマネキン。彼女達の前に私は立っていた。
 鮮やかなターコイズブルー一色のマキシ丈のチューブトップワンピース。紫を基調とし蜘蛛と十字架がプリントされたワンショルダーのトップスと豹柄のショートパンツ。胸元にフリルをあしらった、花柄七分丈のオーバーオール。
 想像できるのはショートパンツを履いた自分だけで、それでも同じ柄のブーツと合わせる気にはなれず、ごめんなさいねと彼女達にさよならをした。

 壁際の一角には化粧品ブース。高級ブランドを中央に据えて、大半は薬局でも買える高級感を打ち出したものからお手頃の物が占めている。それでも並の島よりは品揃えが豊富で、セレクトショップと呼ぶには相応かと思う。その数少ない高級ブランド品の中で、ふた月ほど前に寄った島で妹達がプレゼントしてくれたピンクの口紅が輝いていた。「ダイヤモンドの輝きを演出」という宣伝文句がまさにピッタリのキラキラと輝く口紅。残念なことに引き出しの中で箱からも出されずに眠っている口紅。

「あ、このグロス可愛いわ」

 ぽてりとした唇は魅力的だ、あの艶感は天ぷら食べた後のもんでも魅入っちまう、と食い気よりも色気のおじさん連中は言っていた。彼らが男気はあるのにモテないのは、女のお洒落を天ぷら油と同列にするからだなとその時にわかった。
 次の島へ向かう途中冬島の海域を抜けるから備えをしておけ、とは航海士の言葉だ。女のことをわかっている彼らの方がモテるのは納得がいく。

 唇が乾燥しないようにいつも塗っているのはリップクリームだけれど、今回の買い物はいつもの買い物とは違うのだ、気に入ったグロスの1本ぐらい堂々と買ってしまおう。妹達は気候に関係なくお洒落としてしているし、女としてここは……!

 と、妙に意気込んでみるも、伸ばしかけた手は引いていく。
 もしよろけた弾みに船長の体に、上着にグロスを付けてしまったら?
 ブースの端の端に流れ、何年の付き合いになるか知れぬ馴染みの薬用リップを手にするのは自然な流れだった。無香料のものは意外と売れ筋らしい。

 すん、と鼻をつく匂いが横を通り抜ける。髪を盛り立てギリギリまで露出をした服を着こなした女の子がふたり通ったあとだった。匂いの元は壁の埋め込み棚にバーのボトル棚のようにずらりと飾り並べられた香水。

「あれ、あるかしら」

 もうじき瓶が空になってしまう、ただひとつ持っている香水。白ひげの船に乗るのだと意気込んで初めて買ったそれは当然有名ブランドの物ではなく、近頃ではとんと見かけなくなっていた。
 ひとしきり棚を見渡して、それらしきものは見当たらない。もう流通はおろか、製造さえされていないのかもしれない。

 新しい物を探そう。船長に気に入ってもらえる香りを。匂いがきつくなく、酒との相性が悪くなく、甘すぎず……





「お帰りなさい」
「早かったな」

 ただいま戻りました、と真っ先に確認するのは酒樽。アルコールの匂いは微かにするけれど、船長にしては控えてくれていたようで頬が緩む。

「ずいぶんあっさりした買い物だなァ。昨日のおめェらとはえらい違いだ」

 女には必要なものが多いのだと膨れる彼女達は、昨日街の店を梯子に梯子し、両手に紙袋をこれでもかと提げて帰ってきた。紙袋ひとつ提げて帰ってきた私とは大違いだ。

「何買ったんですか?」

 期待の目に紙袋を開けて応える。中身は薬用リップと、シャンプー、コンディショナーにトリートメント、日焼け止めと化粧下地一式。結局あの香水に代わる香りは見つけられずに、もう時間だと慌てて必要品を買い揃えて戻ってきた。
 服は靴は下着は?と残念がる妹達。でも仕方ないのよ。

「船長のことを考えてたらこうなったの」


 ほんの少し緊張を携えて、口角はキュッと上げて、朝の日課を始める。

「おはようございます、船長」
「ああ…………香水変えたのか」
「たぶんトリートメントの匂いです、新しいものにしたので。香水はもう無くて、代わりも見つからなかったんです」

 気になりますかと聞けば、悪かねェとの返事。血圧も高くなく、頬は緩む。

「やけにキラキラしてんな」

 なにが、とは言わない。けれどそれは引き出しの中から2ヶ月ぶりに日の目を見た口紅のこと。引き出しを開けることすら戸惑っていたのに、あの子達がくれたんですと自慢する。

「船長って私のことよく見てますね」
「毎日顔突き合わせてんだ、そんぐれェ誰でもわかる」

 些細な変化に気づいてもらえると女が喜ぶことを、船長は知っている。
 先の言葉に含みがない事を私は知っている。
 良いようにとってんじゃねェぞと笑われる。

「たまには島ァゆっくり見てきたらどうだ。昨日だってろくに」
「買い物するより、船長のお傍にいたいので」

 言えば、呆れ顔で「仕事好きめ」と返されたので、きっちり「好きなのは船長です」と強調して訂正をした。


「おれに比べれば十分若ェだろうが」

 薬を飲み続けるとじわりじわりと身体に耐性がつき、じわじわとその効果は薄れていく。そしていつの間にやら効かなくなって、新しい薬を飲み始める。
 薬はどこにあっただろうか。机の上だったか、引き出しの中だったか、出番待ちのハンガーが並ぶクローゼットの中だったか中身の少ない化粧箱の中だったか。


2011.0919
リクエスト内容
白ひげで「純情~」「今だけは~」同設定。親父の気を引こうと頑張る夢主
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