結婚物語


「ふふ」

 小さな雲が空に諸島を作るように浮かび、柔らかい陽光は海へと降り注ぐ。清風[せいふう]がどこへともなく流れ、揺られた髪が頬をくすぐる。海賊船の上とは思えないほど穏やかな空気の中、戦友とも呼べる姉妹から届いた手紙の内容に笑みがこぼれた。

「おもしれェ事でも書いてあったか」
「ええ。旦那さんの浮気現場を目撃したらしくて、頭にきてその場で往復ビンタをかましたと」
「陸じゃちっとはおとなしくなるかと思ったがそうでもねェらしいな。それで」
「『私がこんなにも良い女で良い男から引く手数多なのに、なんであの人と一緒にいるのかってことを、女の前で行動をもって教えてやったわ』だそうですよ」

 それは元気そうでなによりだと、船長の言葉に大きな頷きをひとつ返した。
 彼女が結婚を機に船を降りてからもうすぐ半年になる。長年男達とやりあってきたのだから、半年早々でその手癖が抜けるとは思えないが、彼女のそれは生来のものだろうから関係がないかもしれない。きっとあの旦那さんは一生彼女の尻に敷かれて幸せに暮らしていくのだと思う。

「そうそう、式の写真も入ってました」

 真っ白のマーメイドドレスに身を包んだ彼女は、私が知る中でもとびきりの笑顔をしていた。

「なんだ?男の方が持ち上げられてるじゃねえか」

 この写真を見て、通例と違う箇所をひとつ見つけよというお題があれば、その解答は船長が口にした点だろう。
 彼女の体格は格闘家並みの筋肉質というわけではない。ナースの仕事には重労働なこともあり、長く続けていれば自然と筋肉もついてくるのだ。それゆえに、彼女は自身よりも背が高い旦那さんを軽々抱き上げることができたのだ。一見驚きの光景かもしれないが、写真には映っていない参列した人たちもこのポーズを見て大いに笑っただろうことは、映されたふたりが証明している。

「幸せそうですね」
「でなけりゃおれがこいつをぶん殴ってやるさ」

 抱き上げられている旦那さんを指で弾いて、「その前にこいつからビンタをくらうだろうがな」と笑う船長の顔は、遠方に嫁いだ娘を思う父の顔なのだろう。
 手紙には船長の体調を気遣う一文も書いてあった。船を降りても父と娘の絆は切れていない。それは私と彼女がいまでも家族であり、姉妹である証。

「嬉しい」
「あ?なにがだ」
「……ねえ船長、私もウエディングドレス着たいです」
「は、おまえには縁遠い話だな」
「そんな!船長が着せてくれれば問題解決ですよ」
「だから縁遠いっつってんだ」

 日々船長にかけているアプローチはまだまだ弱いようで、軽口で告げたけれど内心の意は決していたプロポーズも難なくかわされてしまった。揚げ足を取るように、遠いだけで縁はあるのだと今一度足を踏み込んでみるも、

「この海で宝ァ探すようなもんだな」

 またもかわされてしまう。

「もしそうだとしても、絶対に見つけますから」

 見渡す限りの海と空。広大で途方もない航海であったとして、宝の地図はこの手にある。進路はひとつしかないのだから、必ず見つけてみせる。

「でも、さすがに船長を抱き上げるのはできませんね」

 白く船長を思わせるドレスを纏い、その船長の腕の中で彼女に負けない笑顔を浮かべる自分と、彼女とお茶をしながら旦那の愚痴をこぼす未来を想像して、私はまたひとつ笑みをこぼす。


2011.0528
フリリク内容
白ひげ「純情失踪〜」「ロマンチスト〜」続編
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -