配達員マルコに一目惚れ


 少し肌寒くなってきた十一月の日曜日。曇りがちだった空も、今日は真っ青な空に一筋の雲が漂っているくらいの洗濯日和。悪天候を理由に溜め込んだ洗濯物を入れられた洗濯機は、朝からグルグルぐおんぐおんと働き者だ。それから掃除機も。

 一昨日、実家から米と野菜と柿を送ったからと電話がきた。大学を卒業して人生初の一人暮らし。両親は私がちゃんと食べているのかと不安が拭い切れないようで、月に一度実家で採れた米やら野菜やらを送ってくれる。薄給なために食費が少しでも浮くのは助かるし、やはり食べ慣れている物を口にするのはどことなく安心する。
 そういうわけで、今日午前中にお世話になっている宅配業者が届けてくれることになっている。玄関先とはいっても人に家の中を見られてしまうので、掃除機も隅々までかけているというわけだ。

 ピンポーン

 洗濯機と掃除機の音に紛れてインターホンが鳴った。

「はい」
「白ひげ宅配便ですよい」
「ちょっと待って下さい」
「よい」

 実家からの荷物はいつもこの白ひげ宅配便が仲介をしてくれている。地区の担当ドライバーさんがいて、毎回優しそうなおじさんが来てくれていた。地元のおじさんのような、温かい声をした人だった。
 先ほどインターホン越しに会話をした声は初めて聴く声で、少しぶっきらぼうな印象だ。「よい」というのは語尾なんだろうか。前のおじさんは普通の喋り方だったと思う。

「お待たせしました」
「○○××さんで、間違いないかい」
「はい」

 印鑑を片手に開けた玄関の前で待っていた人は、予想どおりの無愛想な表情。髪の毛も金髪で独特な髪型をしていて、信用信頼を売りにしている職業とは思えない風貌をしていた。作り笑顔であってもいいから、こういう職業は笑顔第一ではないだろうか。

「じゃあここに判子を」

 私の思考など知るはずもない彼は淡々と業務を進めていく。印と書かれたところに○○の文字が写されたのを、お互いに確認する。

「ありがとうございました」

 ピーピーと洗濯機が任務完了を告げるのが聞こえ、慣れた営業スマイルで荷物を受け取り室内へ戻ろうとする。が、目の前の彼が荷物を渡してくれない。

「あの」
「重いから中まで運ぶよい」

 そう言えば毎回重くて重くて、ほんの数十センチの距離なのだけど耐えきれず、いつか足元に落としてしまわないかと冷や冷やしていたのだ。

「すいません、助かります」

 小さなアパートの一室、玄関の隣がすぐキッチンになっている。彼は部屋に上がらず、できるだけキッチンの中側になるように荷物を置いてくれた。

「何、構わねェよい」

 振り向きざまにニィっと笑んだ彼に、不覚にも胸が高鳴った。これはギャップというか、少し前にはやったチョイ悪というやつだろうか。私にそんな趣味があったなんて。

「そう言えば、あの以前ここの担当だった人は」
「ああ、今月担当替えがあってねい。あいつは別の地区に移っちまったよい」
「そうだったんですか」
「おれじゃ不満かい」
「いや、別にそういう意味じゃ」
「ふ、冗談だよい」

 ホストの経験でもあるのだろうか。一瞬そんな考えが浮かぶ。目を細めて軽く笑んだ顔にまた胸が高鳴った。ほんの数分、短い会話を交わしただけなのに玄関先で対面した時とは印象が異なっていて、あのおじさんも良かったけど、今回の人も良い人だなと私は単純に思考を塗り替えていた。

「最近宅配を装った強盗もいるらしいからねい、気ぃつけな」

 あんたみたいな人の良さそうなのは心配だ、と再度ニィっと笑んで、それじゃとトラックへ乗り込んでいった彼。去り際になぜか撫でられた頭に手を添えて、私は初めてドライバーさんを見送った。
 来月彼が来てくれる時に、別の意味でドアを開けられない気がした。





(……お母さん、荷物いっぱい送ってくれないかな)
(あの娘ァ大丈夫かねい)





2010.1207
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テーマ「人外ファンタジー」
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