浮気と勘違いされるマルコ


 ふと、目が覚めた。
 カーテンの端を捲り外を見れば、朝日が昇り始めた時間だとわかった。
もうひと眠りしても構わないのだけれど、身体は冷えた空気を吸い込みたい気分のようで甲板に向かうことにした。

「マルコ?」

 誰かいるかもしれない、いても問題があるわけでもないけれど。
 そう思っていたら、不寝番でもないマルコが船縁に背を預けて座っていた。
 マルコはこちらを見て、瞬きを一度した。

「××かい。今日は早いねい」
「勝手に目が覚めたのよ」
「そうかい。ま、おれとしちゃあゆっくり寝ててくれるほうが嬉しいんだけどねい」

 朝に似つかわしくない笑みを浮かべて、隣に座れとその右手で床を二回突いた。
 寝坊すれば怒るくせにと返せば、それとこれとは別だという。
 私はおとなしく隣に腰を下ろす。その時に、マルコの首筋に痣が見えた。

「ベッドが冷たくてよく眠れなかったんだろ」

 左腕に頭をあずけてこちらを覗く顔には、先ほどの笑みがまだ浮かんでいた。

 好きだ好きだと言い合う仲で、相応の間柄であっても四六時中行動を共にするわけではなく、時折島に降りてはお愉しみになるということもマルコにはしばしばあることだった。
 それについては彼が男であって海賊であるし、お互いに不満があっての行動ではないとわかっているので許容している。

「マルコとは違うわ」

 けれどここは海の上で、もちろんのこと昨夜もこの海の上にいた。そうすると相手はこの船の中かと考えながら、言葉を返した。

「どういうことだい」
「浮気するなら上手く隠しなさいよ」

 意味がわからないと、ようやく笑みを崩した顔を向けるので、首筋を指して教えてやった。すると、再び先ほどの笑みを浮かべ直してああこれか、と首筋をさすった。

「気になるかい」
「べーつに」

 慣れてるわという風に返してはみるも、相手が仲間では話が違う。頭の中では、隣に座る男の好みから相手を選び出しては年齢と体型と顔のつくりを、自分のそれと比べみる。
 困ったことに、該当者が両手で収まりきらなかった。漠然と仲間には……と思っていたけれど、やはり伏兵というものは思わぬところに潜んでいるものだと思った。

「お前さ、表立って嫉妬ってもんしてみろよい」
「なに言ってんの、もうそんな歳じゃないわ」

 身体に詰まった二酸化炭素の全てを、マルコは「は」だか「あ」だかの声とともに吐き出した。そして、本当にお前ってやつは、とじとりと私を見た。

「こんだけあからさまにしてりゃ、ちっとは妬いてくれると思ったんだがねい」
「それだけのために」
「あー待て待て、おれもさすがに仲間には手ェ出さねェよい」
「じゃあそれは?」
「昨日サッチにやられたんだよい。言っとくが、そっちの趣味はねェ」

 さて種明かしをしようかね、といった風だ。
 真相は、簡潔に言ってしまえば悪酔いしたサッチの悪戯ということ。
 もう少し詳細に述べるのであれば、昨夜サッチの部屋で隊長数人と飲んでいたところ、珍しく酒に呑まれたサッチがふざけ始め、イゾウに紅を借り真似て見せれば、それを酔っ払い達が似合う似合うと囃したて、それで気を良くしたのかキス魔になって襲いかかってきた。かと思えば噛みつかれた、ということだった。
 サッチを張り倒した後、これは使えるかもしれないと私を妬かせるために利用することを思いついたという。
 今度は私が息を吐き出したい。

「作戦、失敗だったわね」
「『浮気するなら上手く隠しなさいよ』か」
「?」
「仲間に手出さないと妬いてもらえないってことかい」
「……その時は、私はサッチに相手してもらうわ」
「……あいつにお前はもったいねェ」

 選んだ言葉とは逆に、あり得ない場景越しに私を見るマルコは、さすがは一番隊隊長というべき圧を瞳から湛えていた。
 私はその瞳を見つめて、内から湧き上がる高揚感に口許が緩みそうになるのを感じた。
 これがマルコの欲しかったものか。

「マルコは子どもね」

 舌打ちをして頭を掻き毟るマルコを横目に、私は立ち上がった。

「どこ行くんだい」
「元凶を拝みに」

 冷えた身体に吸い込めるだけ空気を吸い込み、吐き出す。口許の緩みは止められそうになかった。





2011.0119
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