ぼくに弟ができた。名前はエース。かみの毛の色がぼくと違う。顔のぶつぶつは「そばかすよ」とママは言った。ビョーキじゃないみたい。
「マルコも今日からお兄ちゃんね。エースの面倒見てあげてね」
ママの言葉は魔法の言葉だった。
ぼくは5才。お兄ちゃんになった。
お兄ちゃんになったらよーちえんに行くことになった。なんでよーちえんに行くのかママに聞いたら、「お友達をつくるのよ」とママは言った。なんでお友達をつくるのかママに聞いたら、「お友達がいるととっても楽しいのよ」とママはニコニコして言った。
毎日おきたらパジャマから制服に着がえるようになった。くつ下もズボンもひとりではけるし、シャツのボタンだってとめられる。ママは「偉いね」ってほめてくれるし、「マルコカッコイイよ」と言ってくれる。でもよーちえんに行ったら体操服に着がえるのに、どうして毎日制服を着るんだろう。
「ママ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
いつも8時になるとバスが来る。嫌いな帽子をかぶって、リュックもしょって、ママとエースに行ってきますを言う。
「マルコ君、おはよう」
「おはようございます、よい」
ぼくはたまに「よい」と言ってしまう。よーちえんの友達には「『よい』だって」と笑われる。
みんなは「よい」って言わない。言わないようにしても言っちゃうから、どうしようとママに聞いた。ママは、「それがマルコだから良いのよ」と言った。ママはぼくが「よい」と言っても笑わない。だからぼくは笑われてもしらんぷりすることにした。
ママはよーちえんで友達ができたらとっても楽しいって言ったけど、ぼくは楽しくない。ママとおさんぽしたり、お買い物に行ったり、本を読んでもらったり、お昼寝してるほうがずっと楽しい。上手にお絵かきしても、お歌を上手に歌っても、ママがほめてくれないからつまらない。
「みんな手を合わせて。いただきます」
「いただきまーす」
よーちえんのお昼ごはんはきゅう食だ。ぼくはきゅう食が好きじゃない。ママの料理の方がずっとずっとおいしいからだ。でも残したらいけないから全部食べる。みんなが残すピーマンもニンジンもグリーンピースも食べれるし、牛乳だって飲める。「偉いね」って先生が言うけど、ママじゃないから嬉しくない。
あと、ぼくはきゅう食に出るバナナが好きじゃない。
「あー、きょうバナナだー。マルコーマルコー、きょうのデザートバナナだよー」
バナナが出るとみんなぼくを見て笑う。ぼくのかみの毛がバナナみたいだって笑う。ぼくはみんなに笑われて悲しいけど、男の子は泣いちゃダメってママが言ったから泣かない。
でも、とっても悲しくなって、おうちに帰ってママに言ったら、ぼくは涙をがまんできなかった。ママは「マルコの髪型はとってもカッコイイわ。気にしちゃダメよ」と言った。
ママがほめてくれるのに、よーちえんの友達は笑うから、ぼくはあの子達が嫌いになった。
ぼくは夜寝るときが一番好きだ。ママがとなりで本を読んでくれるから。でもとちゅうでエースが泣いちゃうと、ママはエースのところに行って、エースが泣きやむまで戻ってこない。
ぼくはエースがちょっと嫌いだ。でもぼくはお兄ちゃんだから、エースを嫌っちゃいけないんだ。でもぼくはエースがちょっと嫌いだから、ぼくは悪い子なのかな。
ママはエースが大好きで、ぼくが悪い子で、嫌いになったからよーちえんに行かせるのかな、って思ったらぼくはまた悲しくなった。
「ママがマルコを嫌いになるわけないじゃない。ママはマルコ大好きよ」
「エースと、どっちが好き?」
「ふふ、ふたりとも大好き。だってママの子だもん。ママはマルコもエースも大好き。エースもマルコが大好きよ」
「エースも?」
「うん。マルコが幼稚園から帰ってくるととっても嬉しそうなの。『お兄ちゃんお帰り』って言ってるんじゃないかな。……マルコ、エースのこと嫌い?」
「嫌い、じゃないよい」
ママの言葉は魔法の言葉だ。
ママがぼくのこと「大好き」っていったら、おなかの中でぐるぐるしてたのが、サーって消えていった。エースのことも、ちょっとも嫌いじゃなくなった。
「ママ嬉しいな」
ママはニコニコして、ほっぺにちゅうをしてくれた。ぼくはとっても嬉しくなった。
「ぼくも。ママ、大好きよい」
ママのまねをしてママのほっぺにちゅうをしたら、背中がむずむずしてきて、ぼくはお布団の中にもぐった。お布団の中はあったかくて、暗くて、ぼくはなんだかすごく眠たくなった。
「おやすみマルコ」
夢でママと、エースと遊べたらいい、よい。
2011.1126