浮気と勘違いされるキッド


「なに、コレ」

 じっと手の中のものを見つめる。

「どう見ても、口紅」

 いつも着ているキッドのコート。その左胸の装具にくっきりと、赤く唇の形がさも当然のように付けられていた。
 昨日キッドを最後に見たときには、こんなものは付いていなかった。
 コートを握る手は強くなり、頭に血が昇って行くのがわかる。私、今キッド以上に髪の毛が立っていると思う。

 それでも必死に冷静を取り戻そうと、昨日のことを思い出してみる。

 朝から昼にかけてはずっと船の上にいた。キッドは甲板でキラー達と話していた。時折眠いと言うから膝を貸してあげた。
 日が暮れて、見張りだけ残してみんな船を降りて、適当に近場にあった酒場に入った。

 海賊もゴロツキも受け入れるそこには、店の者なのか女も複数いた。けれども私達はクルーだけでテーブルを囲んで飲んだ。キッドの隣はもちろん私だった。
 気分が良かったのか、みんな飲むペースも速かったような気がする。私も気分が良くなって、いつもより飲んでいた気がする。ああ、だから頭が痛いんだ。

 そこから先の記憶は、ない。
 起きたら自室のベッドの上だった。
 キッドのコートが掛けられていて、少し浮ついた気分になったのも束の間。例の口紅を発見した。

 先に一つ言っておくと、私は普段から口紅なんぞしないので、私が付けたと言う可能性はない。ということはこの口紅がついたのは、やっぱりあの酒場か。





 他の女がキスマークを付けたコートを自分の女に掛ける男の気持ちが理解できない。
 
 カツカツと言うより、ドスドスの方が雰囲気的には合っている。そんな足音を立てて、忌々しいコートを引きずってキッドを探しまわる。コートがあると言うことはキッドも戻っていると言うことだろう。

「キッド」

 食堂でキラーと話をしているキッドを見つけて、引きずっていたコートを顔面に当たるように投げつけた。

「なんの真似だ××」
「コートになんで口紅がついてんのか、説明して」
「馬鹿か」
「説明してって言ってんの」

 チラッと例のキスマークを見遣って、キッドは鼻で嗤った。

 私がそれくらいでキーキー喚く器の小さい女だと嗤ったのか、お前も嫉妬なんかするのかと嗤ったのか、そのキスマークをくれた女の方が好かったと嗤ったのかわからない。
 ただ、そんなキッドの態度に私は一段と頭に血が昇って行くのを感じた。

「てめェが付けたんだろうが。なに勘違いしてやがる」
「私が付けるわけないでしょ。口紅なんて持ってないんだから」
「酔った勢いでおれにキスして、そん時に付いたんだろ」
「は、そんな記憶ないし」
「相当酔ってたからなァ。随分大胆だったぜ?」

 今日も赤く象られた口が愉しそうにわらう。

 昨夜の記憶は欠けているところがあり、キッドが言っていることを完全に否定することはできない。それでも、自分が酔ってキッドにキスをしただなんて信じられない。
 だいたい、酒場でそんなことをしたのなら、他のクルーにも見られていると言うことだ。そんなこと、私は絶対にしない。

「信じられねェなら、ここに証人がいるから聞いてみるか」

 証人と呼ばれたのはキッドと話をしていたキラー。私の記憶の中では、昨夜キラーは私と逆サイドでキッドの横に座っていた。
 キラーに嘘だと言ってと目線を送るも

「本当だ。他の奴らも見ている」
 と言われてしまった。
 キラーが言うのなら間違いないはずだ。

「でも、キスしたぐらいで口紅が付くわけない」

 真相を知ってしまえば甚だしい自分の勘違い。途端に全てが恥ずかしくなり、どうしても否定しようと苦しい反論をした。
 
「じゃあ再現してやるよ」
「え、ちょっ……!」

 腕を力任せに引かれれば、倒れこむのはキッドの膝の上。

「昨日はてめェから乗ってきたんだぜ」

 そうわらって、次はな……と両手で顔を掴まれて唇を貪られた。



 その場には鏡が無くて、私に口紅が付いたのか確認はできなかった。
 けれど、キッドの唇の色が薄くなっていた気がして、今度は顔に血が昇って来た。





2010.1220
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