配達員エースに一目惚れ


 新着メールを告げるメロディが、テーブルに放りっぱなしになっている携帯から流れた。パカリと開けば、これからこのアパートの一室に来る予定になっている友人の名前が表示されていた。メールを開いて、溜息を一つ。

――ごめん彼と仲直りしてデートに行くことになった

 電話の一本ぐらいくれても良いではないか、と思うが、珍しく絵文字もない文面から時間の無さがうかがえる。連絡もなくドタキャンをされるよりは良いのだが、

「どーしよ」

 溜息しか出ない。
 今朝「喧嘩した。今夜ピザパーティする。付き合って」と言ってきたのは友人だ。毎度のことなので二言返事で了解を出したのを覚えている。
 そしてこの連絡を受ける30分ほど前に、私はピザチェーン店へ友人のセレクトである照り焼きチキン、生ハムとモッツァレラチーズ、マヨネーズとジャガイモのそれぞれがふんだんに載せられたピザをMサイズで1枚ずつオーダーしたのだ。1時間ほどで届けられると言われたので、あと30分もすれば届くだろう。今更キャンセルもできない。いかにも胃もたれするだろうピザを彼女は私に1人で食べろと言うのだ。いや、友人はそんなピザを頼んだこともすっかり忘れているに違いない。
 困った。私が太ったら友人のせいにしても罰は当たらないだろうか。





「すいませーん、白ひげピザですけど―」

 ぼうっとテレビを見ていたらチャイムが鳴り、次いで威勢のいい声がした。とうとうきたかと、食べる前からもたれ始めた胃を抱えて玄関に出る。そこにははちきれんばかりの笑顔をしたお兄さんがピザの箱を持って立っていた。

「どーも。えっと照り焼きと生ハムとポテマヨの3枚で」
「はい。すいません、ありがとうございます」
「いやいや。これからピザパーティとか?」
「ええまァ、その予定だったんですけどね」

 ピザを受け取って3枚というのはそれなりの重量があるんだなァとか、随分と馴れ馴れしいというか、フレンドリーな配達員だなと思いながら乾いた笑いを返すと、目の前で盛大なグゥという音が鳴った。

「あー、ハハ」

 照れ隠しか、鳴ってんじゃねェよと自身の胃のあたりを軽く殴る配達員の彼。ふふっと耐えきれなかった笑い声が漏れてしまう。

「これ、食べますか?」

 どうせ1人じゃ食べきれないのだしと、受け取ったばかりのピザを差し出す。ピザだってもたれた胃に入るよりは、食べ物を待ち遠しくしている胃に入った方が良いだろう。

「あー…………いや、さすがにそれはマズイ」
「……胃の方は正直ですね」

 彼が断われば待てと言わんばかりに音を鳴らし、今すぐ食べ物を寄こせと言っている。これだけお腹が空いていては仕事もはかどらないんじゃなかろうか。

「……ちょっと待ってて」

 おもむろに胸ポケットから携帯を取り出して「もしもし親父?」と。連絡しているのはお店なのか、彼はあっけらかんと「腹が減った。ピザ食っていい?」と電話口で聞いている。普通ダメだろう。電話向こうからも「アホンダラ」と聞こえてきているし。それでもかくかくしかじかと説明し、「勤務時間内には戻るから」と言って彼は電話を切ってしまった。

「よし、食う!!」

 にかっと笑った彼に、それじゃあとピザを再度差し出そうとしたが、彼がお邪魔しますとドアに手を掛けたものだから、あれ、と立ち止まってしまう。

「中で一緒に食おう! 1人より2人で食べた方がうまいぞ!!」

 あ、もちろん1人で食ってもうちのピザはうまいけどな、と彼は言う。味は彼の保証がなくとも毎度のピザパーティで知っている。いや、私が気にしているのはそこではなくて。

「ピザパーティなんだろ?」
「ええ、まぁ」
「なら早く食おうぜ。冷めたらまずくなっちまう」

 見ず知らずの配達員を家の中に招き入れるとは、私も存外に不用心だ。招いたわけではなく、侵入を止められなかったからであるけれど。どうにも、あの笑顔には有無を言わさない力があるようだ。

「いただきます」
「……いただきます」

 手を合わせてピザとご対面。見るだけで胃がもたれる。
 私は確実に目の前に座る彼のペースに流されているのだけれど、それでも、まァいいかと思ってしまっているのは、あの笑顔に心を許してしまったのだと思う。





(グー……グー)
(え、ちょっとお兄さん!?)
(……んぁ、寝てた。なァ、今日泊めてくんね?)
(ダメです! お店戻るんじゃないんですか)
(眠ィ)
(寝ない!!)





2010.1120
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -