まえのキミはとなりのヤツがスキ/シャンクス先生の場合


 大学で教員課程に進んだ時も、この高校やそれよりも前の高校に配属された時も、「生徒と恋をしてはいけない」なんてことは、一言も言われなかった。暗黙の了解、というやつだ。
 それでも、生徒から言い寄られる教育実習生や同僚を何人か見た。卒業した教え子と結婚している先輩教師だって、少なくはない。
 恋愛は自由だ。それが悪いことだとは思わない。ただ、おれには生徒は自分の子どもみたいなもんで、そんな感情は持ち合わせないだろうと思っていた。
 そうやって教師を続けて十年以上。おれに例外が現れた。



 古文の授業は催眠術を掛けられているようだ、とこの前生徒に言われた。耳から入ってきた言葉によって、突然眠りを誘われるんだそうだ。
 術の効果と教壇との距離は無関係らしい。だが、生徒たちは後ろの席ほど教師の目につくから、最前列は盲点だと思っているようだ。そんなわけあるか、丸見えだっつーの。

「高木寝るなー。お前178ページ全部読め。佐々木、お前そこ訳させるからなー」
 
 教壇に上がれば教室は一望だ。机の下でこっそりマンガを読んでいるのもわかっているし、長い髪でイヤホンを隠しているのもわかる。他のヤツのことばっかり見ているヤツには、青春だなァ……なんて親父臭いことを思う。
 今おれもそんな状態だったりするわけだが。さすがに青春という歳でもなく、いい歳した親父が……という心境ではある。
 
 教卓の前の席は、どんなに授業放棄をしている生徒とでも目が合う。眠っている奴は叩き起こすし、なによりも当てやすいからだ。
 新学年になり、このクラスを担当するようになってひと月以上になるが、まだ一度もその席を当てたことがない。
 そこに座る生徒の名前は○○××。見当はつくと思うが、おれに厄介な感情を抱かせた生徒で、おれが唯一子どもとしてみることができない生徒だ。
 
 ○○は古文が苦手だ。去年も○○のいるクラスを担当していたが、テストの成績は良いとは言えなかった。○○には悪いが、おれは教師という立場を利用してそこから付け込んだ。
 ――という状況があれば今こんなに悩んでいないと思う。去年の時点ではこの感情に出会っていなかった。片鱗はあったかもしれないが、おれにとって○○もほかの生徒と変わらず、子どものように思っていた。

 ○○が古文を苦手としているのは事実だ。わからないところをよく左隣――○○からすれば右隣になるな――のヤツに聞いている。今の席では遠藤がそこに座っている。
 初回の授業から○○は授業妨害と思うほどに遠藤を質問責めにしていた。それを、○○が苦手克服に力を入れ始めたのだと、教師として思うことができれば良かった。おれの経験は○○に青春の二文字を拾い上げ、おれには教師としてではない感情を拾い上げてきた。

 この事実におれは以外と冷静だった。多少の動揺や葛藤はあったが、気付いてしまったら前に進むしかないだろう。おれは暗黙の了解を破る算段を立て始めた。

 早々にぶち当たった壁はやはり遠藤だった。
 ○○を故意に当てて、とりあえずの会話の機会を増やすと言う方法がすぐに浮かんだ。しかし、わからなければ遠藤に助けてもらうのは目に見えたので、すぐに消した。
 授業を絡ませれば遠藤も絡んでくる。授業以外で何とかするしかない。教師という立場を上手く利用してやろうと言うのも、意外に難しいもんだ。
 
 とりあえずおれは事実確認から入ることにした。少しだけ、おれの思い過ごしだという期待を込めて。



「おーい○○ちょっと」

 おれは教室を出てから、思いだした振りをして○○を呼んだ。
 去年からの顔なじみだ。一瞬顔をしかめられたのは、成績の事でも言われると思ったんだろうな。

「なんですか?」
「お前なァ、授業中遠藤に聞きすぎ。っつーか見すぎ」

 一応周りの生徒に聞こえないように言ったんだが、○○は人目を気にしてか教室から数歩だけ離れるようにと、場所を動かされた。
 事実確認はあっけなかった。わかりやすすぎだろ。おれの期待は木端微塵だ。

「絶対に遠藤君に言わないでくださいね!」
「おれはガキか。教師が生徒の恋愛に口出すかっての」

 邪魔立てならするけどな。

「それより、古文苦手なら聞きに来いって去年も言っただろ。遠藤よりわかりやすく教えてやるから」
「んー、でも遠藤君わかりやすくて」
「おれ教師、あいつ生徒。おれは専門だし、遠藤はどっちかっつーと理系だろ」
「あ、数学教えてもらってます」
「あいつはお前の家庭教師か」
「やだ先生、そんなんじゃないです!」

 そこは赤くなるところじゃないだろ。
 何とかこちら側に引き込もうとするのに、墓穴を掘ってばかりだ。

「先生、そろそろ次の授業の準備しなくちゃ」
「ん? あァそうか、悪い悪い」
「いーえー」

 たったの10分休憩じゃろくな話もできない。まったく、先輩教師たちはどうやったんだか。聞くにも聞けないが。

「○○。わからないことあったらいつでも聞きに来いよー」
「はーい」

 国語準備室まで来るかは一つの賭けだが、いざとなったら呼び出しもありだろ。次の時間おれは空きだから、じっくり作戦を練るのも良い。
 教室を背に準備室へと足を向けた。
 とりあえず、○○の担任に何とか理由をつけて早急に席替えしてもらうよう頼んでみるか。





2010.0923
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