失恋した幼なじみを慰めるキラー君
女が髪を切った時は失恋した時だ。よく聞く話だが、そうでもない。流行りの髪型や、男に合わせて長さを変えたり、鬱陶しいという理由で切ったりすると言う。
ただ、本当にそんな理由で髪を切るやつをおれは一人だけ知っている。今まさにおれに髪を切ってくれと言ってきた。
「家に帰ってからでいいな?」
本当は今すぐにでも切ってしまいたいのだろうが。おれが家以外でハサミを持たないことを、××は知っている。校内でおれにそんな技術――と言っても、専門学校に通っている卵以下――があるのを知っているのはこいつだけだ。別段知られて困ることではないが、話すことでもないので黙っている。
よろしく、と言葉を残して屋上を去る。髪は肩甲骨辺りまで伸びていた。
「座ってろ。今用意してくる」
ベランダに新聞紙を敷き、その上に回転椅子を置く。鏡は置かない。切り終わるまで見ない、見せないことにしているからだ。階下で親から商売道具のクロスとくしを借りる。机の引き出しからハサミを取り出し、借りたくしとともに、腰に付けたシザーケースに収める。恰好だけは一丁前になってきたもんだ。
「どうするんだ」
クロスを回せばスッと袖を通す。
「バッサリ。長さは任せる」
「あとで文句言うなよ」
お任せ、というのはベテランでも困るらしい。こちらで判断しても、相手の好みでなければそれは失敗になる。商売で失敗してはいけない。だから会話から引き出すんだと言う。
おれと××は、髪型について一切話をしない。
××の髪にハサミを入れるのは、両手もあれば足りるぐらいだ。その中で失敗もなければ成功もなかった。
「相変わらず直毛だな」
「うらやましい?」
「いや」
くしは一度も引っ掛かることなく毛先まで入っていく。
「キラーに切ってもらうの、久しぶりだよね」
ジャキ
「そうだな、一年ぶりくらいか」
ジャキ、ジャキジャキ
容赦なくハサミを入れていく。足元が黒く小高くなる。
「そんなもん? 短かったなー」
「……まだ長い方だ。顎を上げるな」
はいはい、と軽く笑って目を閉じる。
シャキシャキ
細かく芸術的な髪型を生み出すことはおれにはできない。
シャキ、シャキ
女の髪型というのもよくわからない。それでも××が望むことに応えてやりたい。
スス―ッ、スッ
切り落ちなかった髪は、くしを入れるとそのまま小山の上に揺れ落ちた。
鼻や頬、瞼についた髪を袖で払う。
「わ、ちょっとやさしくやってよ」
「文句を言うなと言っただろ」
ばさりとクロスを取って、手鏡を持たせる。
「おーバッッサリ。これ、こどもっぽく見えない? 大丈夫?」
「安心しろ。もともとこどもっぽい」
「おいこら」
おれも鏡を持ち、後ろ髪も確認させる。
「これからの時季、少し寒く感じるかも知れないが、今はスッキリしてるだろ?」
うん! と鏡越しに覗かせた笑顔が、昼間よりはっきりと見えた気がする。
あァ、前髪を切ったからか。
「わたし、もうキラー以外の人に髪切ってもらえないかも」
「そうか、それなら特別料金でももらうか」
「えー、そこは幼なじみの特権でしょ!」
そういうところがこどもっぽいんだが、自覚はないだろう。いつもそうしていればいいのにな。
椅子から立ち上がり、ぐっと背を伸ばす。隠れていた首元がうっすら見えた。
「××」
「ん?」
正面から見た顔は、おれの知ってる幼なじみの顔だった。
「その髪型、前のより似合ってるぞ」
2010.0901