配達員ロー君に一目惚れ


「はぁぁ」

 息を吐き出せば白く煙のように空へのぼっていく。
 今流行りのもこもことした素材のルームウェアの上に、首元までジッパーを上げたモッズコートを着て、足元はこれまたもこもとこした靴下と健康サンダルと言う、何ともアンバランスな組み合わせ。

 唯一防寒されていない手をこすり合わせて、アパートのポスト前に座り込む。
 時刻は現在午前三時。

 そろそろかなと、首を左へと傾げて曲がり角を見る。
 ブロロロロロと言う音と、朝陽にはまだ早い光に目が少し細まる。

 ブロロロ……

 キキィ

「おはよ」
「ほらよ」
「どうも」

 おはようの代わりに新聞を渡される。
 ああ今日もチラシがいっぱい挟まっていると、その厚みと重みで知る。

「まだレポート終わってねェのか」
「ああ、あれ? この前ちゃんと出したよ」
「最近ずっとこの時間に起きてんだろ」
「んー、なんかもう習慣づいちゃって」
「年寄りか」
「ひどいな」

 言葉が口から出るたびに、笑うたびに、白く息が舞い上がっていく。
 彼、ローとの出会いはひと月前。
 新聞屋の勧誘に負けて朝刊を三ヶ月契約で取ることにしてからだ。

 まだこれほど朝の冷え込みが厳しくなくて、レポートの為に徹夜していた私は、新聞配達のバイク音を聞いて外に出た。ただなんとなしに、外の空気を吸ってすっきりしようかなという程度だった。
 出てみればちょうどポストへ入れるところだったようで、そのままもらいますと声を掛けたのが始まり。
 
 その時は「じゃあ」と一言返されて、ローは次の配達へとバイクを走らせて行った。
 カッコイイかも……そう思った私は次の日も、その次の日も息抜きと称してポストの前で配達員を待っていた。
 そうしたらさすがに何か思ったのか「早起きだな」と声を掛けられたのだ。

 それからほぼ毎日、雨の日と休刊日を除いて私とローは数分間だけ会話をするようになった。
 話してみればローも大学生で同い年。レポートや実験実習で追われる似通った状況が、二人をすぐに打ち解けさせた。

「私が待ってないと風邪でも引いたかってローが心配すると思ってさ」
「こんな時間に外出る方が風邪ひくだろ」

 それもそうだねと、ハハと笑えばふわっと大きく息が舞い上がった。

「早起きは三文の徳って言うでしょ」
「風邪ひくのが徳か?」
「ひいてないし。最近この時間に起きるから勉強はかどってるの。早寝するから規則正しい生活になったし」
「あとひとつは何だ。今ので一応二つだろ」
「あとは、こうしてローとお喋りできる」

 むしろそれが最初からの目的なんだけど、ローからすれば意外な返答のようで「は?」と返事が返ってきた。ひどいなァ。

「この時間結構貴重じゃない?」
「レポートや教授の愚痴を聞かされるのがか?」
「ほかのことも喋ってるよ」
「たまにな」

 そうなのだ。
 ほぼ私が一方的に喋っていてローのことはあまり聞かない。結構聞き上手らしい。それでも合間合間にうちの大学ではこうだとか、そう言えばこんなことがあったとか話してくれたりする。

「そう言えばさ、いつもこんなに話してて配達の時間とか平気なの?」

 ローの乗っているバイクには、まだまだ未配達の朝刊が前かごにも荷台にも山のように積まれている。

「ああ、これぐらい問題無ねェ。でもそろそろ行かねェとな」
 お前みたいに玄関先で新聞待ってる人も結構いるんだと、ローは言う。

「美人なお姉さんとか?」

 からかい半分、ローに聞いてみた。

「いるな。もうすぐ八十になるらしい」

 一瞬ポカンとしてしまったけど、次の瞬間に揃ってふっと息を噴きだした。



「じゃあ、気をつけてね」
「風邪ひくなよ」

 ブロロロロロと言う音とともに、ローは次の家へとバイクを走らせて行った。
 角を曲がりきるまでその姿を見送って、外よりはまだましで、それでも吐けば白い息が出る部屋へと戻った。








(手袋した方が良いかな)

(ロー、最近十分早く出る割には帰り遅くないか?)
(なんかあったか?)
(……なんでもないっす)





2010.1212
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