本当は両想いなキッド君


 屋上の扉を開けると少し錆びた音がした。一歩踏み出した世界は、嫌味なくらい真っ青な空。君の赤い髪がよく映える。



「おーい青少年、そこでなにやっとるかね?」
「……どこのババァだよ」
「花も恥じらう女子高生だっての」

 昼休み後の授業がなんとラッキーなことに自習だった。よっしゃと思って振り返ったキッドの席にはもう誰も座っていなかった。おおかた屋上だろうとは思ったけど。
 生憎私もキッドも自習時間に真面目に勉強をする柄じゃない。かと言って教室は少々騒がしくなるので眠りに就くにも一苦労。そんなとき、たいてい屋上に行くことにしている。今回も誘って行こうと思ってたし目的地は変わらないんだけど、キッドが一人で行くのは珍しくて、少しだけ早足で屋上に向かった。

「置いてくなんてひどくない?」
「あ? おれから誘ったことねェだろ」
「まーね」

 あ、さり気にグサッときたよ今の一言。
 そーだけどさそーだけどさ、いっつも私が誘ってるけどさ、たまにはキッドから誘ってくれても良いじゃないか。なんて、彼女だったら言えるんだろうけど。キッドは私の誘い断らないし、ちょっとは気にかけてくれてるんじゃないかなーなんて思ってたんだけどな。

「それで? 屋上のフェンスにもたれて黄昏てるなんてどうしたのさ」
「べつに」
「あ、もしかして恋の悩みとか」
「…………あー」

 がしがしと頭を掻いてるのは照れの仕草だ。まさか、冗談半分で聞いたのに。キッドは今まで好きな人いないって言ってたのに、うそ、誰誰誰。

「な、なになになに、私でよければ聞いてあげよっか? 私もいつも聞いてもらってるし」

 ちょっとどもったけどたぶんキッドは気付いてない。大丈夫。これはちょっとリサーチしてその子より私のが可愛いってことをアピールしなきゃいけない。だってキッドってなんだかんだ人気あるんだもん。

「…………そーだな。ま、本人から直接聞いたわけじゃねェけど、話が聞こえてきたっつーか」
「うん」
「そいつ好きなヤツがいんだよ」
「うん」
「で、最近良い感じなんだとよ」
「うん」
「で、結構嬉しそうな顔してたんだよな」
「うん」
「……あーーなんつーか、邪魔すんのもな、って思っちまったんだよ」
「……うん」
「おれの柄じゃねェけどな」

 キッドはずっと先の景色ばかり見ていて、私の方には一度も向かなかった。私にはいっつも目を見て話せよって言うくせに。その景色にその子が映ってるのかな。

「なんか、意外」
「ああ? でもま、しょーがねーっつーかなんつーか」

 俺様体質のキッドが好きな子の為に身を引くなんて信じられない話だ。むしろ奪ってやるぜ! っていうタイプだと思ってたのに。口ぶりもオーラもなんだか優しいし、うまく見えないけどきっと目だって相当優しさにあふれてる。なんでそんなに優しいのかな……なんて、好きだからに決まってるか。愛されてるなーその子。
 羨ましい。

「…………それより、お前はどうなんだよ」
「へ、あ、私?」
「ああ、お前も良い感じだっつってただろ」

 私は恋愛相談と称してキッドとの時間をキープしていたのだ。この間、荷物の多かった私を見かねたキッドが荷物だけだけど自転車に乗っけて一緒に途中まで帰ってくれたことがあった。それが嬉しくて、ついつい本人相手に良い感じだと言ってしまったのだ。

「あー、うん。それがさ。なんか、好きな人いるっぽくて」
「は?」
「いやいや『は?』って言われてもね」
「お前この間良い感じって言ったばっかじゃねェか」
「そーなんだけど、私も聞いちゃったって言うか」
「ふざけんな」
「ふざけてないし、これでもちょっと落ち込んでんだけど」
「知るか」
「ひどっ」

 なんだこれはどういう仕打ちよ。ふざけんなとか言われてもふざけてんのはキッドじゃん。いや、キッドも真剣なんだと思うけど。キッドが好きな子いるとか言わなきゃ私だって落ち込まないのに、舌打ちまでされた。

「あーあ、私も優しくされたいなー」
「何言ってんだ」
「だってさー、キッドにふざけんなって言われるし舌打ちまでされるし。私もキッドの好きな子みたいに優しくされたいなー」
「意味わかんねェよ」
「キッドが好きな子の話ししてる時めっちゃ優しさオーラがあふれてた」
「なっ」

 あ、やっとこっち向いてくれた。あれ、ちょっと耳赤くない?

「まー自分じゃわからないと思うけどさー。それに顔赤いよ。やだなーもー照れちゃって」
「っ……うっせェ」
「いーなー、私も優しくされたいなー」

 軽くじゃない、結構な嫉妬。でも遠回しのアピール。でもキッドには意味ないか。
 あーもーなに、顔真っ赤じゃん、顔と髪の毛おんなじ色じゃん。なにさなにさなにさ。あーあ、昨日まではこの屋上にいるのが楽しくて嬉しくて仕方なかったのに、さっきから居辛くなった。

「あ、きーちゃんからメール。キッドー、私教室戻るね」
「あ? おー」

 着信も新着もない携帯を取り出して、この場から逃げる口実を作って、キッドの声を背中で聞いて、私はまた錆びた音を鳴らして教室へ戻る。
 見上げた空はやっぱり嫌味なくらい真っ青で、でもそこに君の赤はもう見えない。





(夕陽だったらバヤカローの一つでも言えたのに)
(……暑ィ。優しくなんて、今更できっかよ)





2010.1111
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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