となりのキミはとなりのヤツがスキ/キッド君の場合


 うだるような暑さ。クーラーなんてない教室には、パタパタと、少しでも涼をとろうと努力する生徒であふれている。

 四月に学年が上がり、新しい担任になったのはやたらと席替えをすると有名な男の教師だった。席替えのペースは月いちで、月の初めに行われる。みんなが仲良くなれるように、というのが理由らしい。
 三年にもなれば顔見知りも多い。毎月の席替えなんか面倒臭ェと、四月は思っていた。だが三回目の席替え、おれは○○の隣になった。顔には出さなかったが、内心ガッツポーズした。

 ○○は去年もクラスが同じだった。
 席替えは学期に一回だけで、一学期は名簿順だったから実質行われたのは二回。おれはどちらも○○とは離れた席だった。それでもおれは、おれと違って真面目に授業を受けていて、正面向いて話を聞き板書に勤しむ。そんな○○を遠目から見ていた。
 
 席が隣になったら××の顔が良く見えると思っていた。今見えているのは後頭部。横顔なんて滅多に見ることができないでいる。
 それにやたらと消しゴムやらシャーペンを落としたり、教科書を忘れたり、らしくない。休み時間も読書が女友達とのお喋りに費やしていたのに、苦手な数学をとなりのヤツに熱心に聞いてばかりだ。
 最初は暑さのせいとか、受験生だからと思っていた。そうじゃないと気付いたのは、席替えをしてから十日も経った時だった。
 
 気にいらねェ。
 ○○の行動が、その理由がおれと同じだったからだ。向けられたのがおれじゃなかったからだ。

「○○、教科書忘れたから見せてくれ」 
「○○、おまえうちわ二個持ってるよな? 一つ貸してくれ」
「○○、教科書忘れたなら見せてやる」
「○○、この英文意味わかんねェ」
「○○、最近本読んでねぇんだな」
「○○、足元の消しゴム取ってくれ」

 ○○○○○○○○……おれは○○がとなりのヤツに話しかけないように、○○と同じ手を使って話しかけることにした。
 最初はしょうがないなァ、なんて言っていたのに、最近はまた? と少し不機嫌な声が返ってくるようになった。 好かれることから遠ざかっているのはわかっていた。でも気にしていられない。この席でいられるのはあと五日とないんだ。○○もそれが気がかりなのかもしれない。

 夏休みは目前の水曜日、授業ももうほとんど無い状態だった。昼休みに廊下で○○に声を掛けられた。嬉しくて思わず返事がどもった。なんだおれ、かっこわりィな。

「ユースタス君さ、最近勉強熱心だよね。ちょっと忘れ物多いけど」
「あー、わりィな」
「ううん。でも、明日からは気をつけて欲しいかな」

 本音は違う。忘れ物も、落し物も、質問もしてくれるな。そう言いたいんだろ。邪魔してやってたんだから当然だろうな。同じ方法で気を引いてたのに、全く気づいてないのかよ。
 こいつはおれのことなんかちっとも気にしていないんだと思ったら、怒りが込み上げてきた。

「ムリだな」
「ムリって?」
「○○、おまえあいつに話しかけたいんだろ。だから邪魔すんなって言いたいんだろ。バレバレなんだよ」

 本音とその真意を知られて顔を赤らめる○○が、気に入らない。
「でも、気付いてたんなら……」
「協力しろってか? 馬鹿言ってんじゃねェよ。なんでおれが協力しなきゃなんねェんだよ。ふざけんのも大概にしろよてめェ」
「そ、そこまで言わなくてもいいんじゃない!?」
「うっせェ! てめェがあいつと話したり、気を引こうと必死になったりしてんのが気にいらねェんだよ! ちったァこっち見ろってんだ!! 気づけ馬鹿!!」
「っ……」

 勢いで言いたいことをぶちまけておれは教室に戻った。
 もうすぐ夏休みだ。今言って良かったんだ。夏休み中おれを気にしてればいい。そしたら、たとえ二学期に席が離れても、この教室にいる限りそんな距離は関係なくなるだろ。

 

 ○○は昼休み終了ギリギリに戻ってきた。
 目線をチラリとも寄こさず、下を向いたまま黙って席に着いた。おれは○○がいなかった間、空いたとなりから見えるヤツにガンを飛ばしていた。
 ホームルーム中も、○○は両手で口もとを隠して下を向いたままだった。それでも時々感じる、右側からの盗み見るような視線におれは――

「○○、こっち向けよ」




2010.0910
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