拍手連載 親鳥子鳥(3)


「…………」

 今は何の時間かと聞かれれば、朝食の時間である。

 千六百人ほどの人数を乗せている船での食事は、それはそれは賑やかなものである。あちらこちらで料理の取り合いせめぎ合い。寝起きには酒だと、朝から酒盛りを始める者。そこから今は宴の時間かと思うように歌い始める者まで出る。

 それがどうだろうか。
 今はまるでまだ皆が眠っているかのようにシーンと静まり返っている。ひそひそと話し合う声も、咀嚼をする音すら聞こえない。
 皆一様に、カウンターの一点を見つめている。

「今日はやけに静かだねい」

 その視線を浴びている男は何かあったのかと言う。
 いつもと同じ朝を迎えているだけであると、その背中も口ぶりも言う。

「あ? お前はダメだよい」

 食べかけのパンに近寄るそれを窘[たしな]めて、釣餌はまだあったかとその頭で考える。

「な、なあマルコ?」

 この場にいる者全員を代表した様に男に声をかけたのは、隣に座るエースだった。
 目線でなんだと促されて、エースは皆が思っていることを口にした。

「その膝の上のヤツ、なんだ?」
「あ? てめェが拾ってきたたまごだろうが」

 しれっと、なに訳のわからないことを聞いているのだと、マルコは答えた。

「……え、えぇええええええええ!?!?!?」

 ビッッ

「てめェら、大声出すんじゃねえよい」

 マルコの地を這う一言で、全ての者が口に手を当てた。
 皆の驚きの声で膝上に座る者が大きく身体を揺らした。それにもう大丈夫だと言うように、マルコはその身体をゆっくりゆっくりと撫でてやった。

「鳥のたまごだったのかー」

 予想どおりっちゃ予想どおりだなーと声を上げたのはサッチ。
 その手で膝上の者に触れようとするのだが、ぺチンとマルコに払われてしまった。

「手ェ洗え。生臭い手で触るんじゃねえよい」

 マグカップのコーヒーを飲んで、ごちそうさんとサッチに告げてマルコは席を立った。
 食堂に入って来た時と同様に、その腕に白くふわふわした者を抱いて、何事もなかったように食堂を出て言った。未だ固まる仲間達に一言だけ残して。

「さっさと食って仕事しろい」








「白かったな」
「ああ、かなりふわふわしてたな」
「結構可愛い顔してんだな」
「マルコの膝の上にいたな」
「ああ、あいつ抱いてやがったな」

「ぷっ」

 誰が始めに噴出しただろうか。

「ぷっは! な、なんだありゃ! はははっ」
「ま、マルコのヤツ、完全に親父じゃねェか!!! ぶふっ」
「あーははは、腹イテェ」
「あ、ありゃ娘か? 息子か? だっはははは」
「どっちにしても、ぷぷ、相当親馬鹿じゃねェか」

 食堂は見事に笑いの大渦に飲み込まれた。

「エース。ありゃあ食えねェぞ。ぷぷぷ」
「…………」
「おい、エース?」
「おれもあいつ触りてェ」
「は?」
「おーいマルコー! おれにも触らせてくれー!!」

 駆け出したエースが見つけた先には、釣餌を美味しそうに食べている雛鳥と、それを優しく見つめる親鳥がいたそうな。


2011.0109~0218
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